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あるのどかな村で男は一人部屋の中でため息をついていた。

男の名はカイ。生まれ育った村で両親と一緒に八百屋を経営している。

そこまで栄えてはいないが町と町を結ぶ中継点のような位置にある村なので

人通りも多くそこそこという評価が一番いい素朴な町だ。


その村の中で八百屋はカイの家にしかないので結構繁盛はしているのだが

カイが店に立つと一気に客足は減る。


原因はカイの顔。そこまで悪くない普通の顔なのだが左側に縦に3つ、大きな傷があるのだ。

これは数年前に村に迷い込んできたクマのせいでつけられたのだ。

カイはその時14,5の少年で慌てて家の中に避難しようとしたのだが

近くに怯えて座り込んでいる女の子が目に入り気づけば駆け出して女の子を守ろうとしていた。

その姿を見たカイの両親や村の人間はカイと女の子を助けようと

全員でクマに襲い掛かりなんとか勝利を収めたがその時に運悪く顔を引っかかれ大怪我を負ってしまった。

医療の進んでない世界で、金もない村なのでろくな治療ができず

カイはなんとか一命を取りとめたが傷つけられた左目の視力は無くなり

大きく醜い傷跡は残り皆を敬遠させてしまう事になってしまった。


こんな事になるなら助けなければよかった


そう思った時もないわけではない。

だが、助かった時の女の子の無事な姿やその子の両親の心底安堵した様子を思い出すと

やはりこれでよかったのだと思うのだった。



だがしかしそれはそれ。


現実問題、カイが店に立つと客足が減るのは事実。

当時の事を知る人は来てくれるが旅人や村に移住してきた人たちは事情を知らないので

その傷に驚き、怯えそのまま帰ってしまう。


両親は色々察してくれてできるだけカイが店に出ないように雑用等を言いつけてくれるが

親は老いていき、いつしかいなくなる。将来を考えると今のうちになんとかするしかないのだが

この顔の男の下にわざわざ嫁いできてくれるような物好きな娘も居ず

カイは非常に困り果てていた。



「カイ、ちょっと降りてきてくれないかい?」

「わかった。今行くー」

外から聞こえる母の声に応えるためカイは暗く淀んだ思考を飛ばし、腰を上げ部屋を出た。


「どうした?母さん」

店へ顔を覗かせるとそこには近所の定食屋の主人のビルが母親と一緒に談笑していた。

「ビルさんか。こんにちはいらっしゃい」

常連でもあるビルは野菜や果物に関する知識をカイと交換しあったりしていて

カイの傷についても見慣れたのか何も無いように普通に接してくれるのでカイは結構懐いている。

「よぅ、カイ。今日は何がオススメだ?」

ビルは男らしい笑みを浮かべカイを見る。

傷のせいで裏方の仕事が増えたカイは自然に野菜の選別ができるようになっており

その能力は両親を凌ぐほどになっていた。


「今日はそうだな…カボチャやゴボウがオススメかな。

このタイプのカボチャなら煮ても焼いてもほっくりと仕上がるし美味しいと思うよ」

カイは近くにあったカボチャを持ち上げて軽く撫でた。

「果物だと断然リンゴだね。二種類仕入れたけど甘さが違うから酸っぱいほうは菓子に使うといいよ」

「そうか。ならカボチャを2箱、ゴボウはそこにある束で。リンゴはその1箱もらおう。

後は葉野菜を適当に見繕って1箱用意してくれ」

「あいよ。まいどー」

カイは人懐っこい笑みを浮かべてビルが言った物を次々に用意していく。

「結構重いものばっかだし俺持っていくよ。ビルさんは母さんと話しててもいいよ」

キャリーカーもどきの上に箱を積み重ねて用意していくカイ。

その手際の良さにビルも母親も思わず笑みがこぼれる。

「いや、長居するのも悪いからお前と一緒に行くわ。じゃあありがとうな」

「あいよ。カイ、気をつけていっておいで」

「はいはーい。いってきます」

他所で買い物したのかいくつか袋を持っているビルと一緒にカイは歩き出した。




「お前の母さんが心配してたぜ。いい年なのに女の影が見えないって」


二人並んで歩いてるとビルが不意にそんな事を言い出した。

「母さん……」

いくら常連で気の知れた相手だと言っても会話にしてほしくない内容だってある。

カイはがっくりとうなだれた。ビルはその様子を見て苦笑する。

「まぁ、お袋さんの気持ちもわかってやれよ。色々考えてるんだろうしな」

「それはわかってるけど……」

カイだって年頃の男であり異性への興味は十二分にあるのだが傷の事もあり

これまで全く女っ気のない生活を送ってきたので女と接する機会も少なく、

恐らく出会ったとしてもろくな会話もできないだろう。

そんな状態なのに女を作れと言われても無理がある。

ビルもその事はわかっているし、カイ本人の問題でもあるからこれ以上突っ込む気はないらしい。

ただ、そういう年齢になってきているという自覚だけは持て、という事なのだろう。

その意図を汲んだカイは横に居るビルをチラリと見上げた。

「…何だ?」

「俺……女怖いかもしれない」

この傷を見た瞬間、今まで向けられた表情を思うとどんなに美人な女が現れたとしても

その表情をされたら絶対に恋愛には発展しないだろう。そう考えると女性と向き合うのが怖くなる。

自衛本能のようなものだろうが厄介なものである。


「カイ………俺は嫁さん居るから他あたれよ」


「……別に男がいいとか言ってねぇよ…」





「んじゃここ置いとくぜ」

ビルの店の厨房の一角に運んできた箱を置きカイは夜の仕込みの準備に入ったビルに声をかけた。

「おぉ、ありがとうな。また頼むぜ」

「こちらこそ。まいどありー!」

カイはビルに手を振り厨房から裏口へと続くドアを開けた。

その先は見慣れた路地が見えるはずなのに


「………は?」


何故かブラウンを基調としたシックな喫茶店の店内だった。



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