レイチェル、お見合いをする
私は伯爵家の長女レイチェル。
私には二人の兄と、一つ年下の妹メアリーがいる。実は妹とはあまり関係がよくなく、そのことが近頃は私の悩みの種になっていた。
メアリーは幼い頃は私の後ろをついて回る可愛い妹だった。ところが、成長に伴って彼女は私の物を何でも欲しがるように。さらにそれだけではなく、自分のいらない物を私に押しつけてくるようになった。
やがて私は気付く。今のメアリーは私を姉としてではなく、一人のライバルとして見ていると。十六歳と十五歳という年齢になって、共に縁談話が来るようになっている。メアリーは私よりいい結婚をして、私よりいい人生を送りたいと考えている節があった。
……つくづく貴族で年の近い姉妹を持つ辛さが身に沁みる。
もうかつての可愛かったメアリーはどこにもいない。あの子は私を蹴落とすことしか頭にないのだから……。
そんなある日、メアリーの所に一つの縁談が。
どうやら彼女が両親や兄達に精力的に働きかけてまとめてもらった話らしい。お相手は貴族としては格上の侯爵家なのだとか。
当初は私の前で勝ち誇ったような顔をしていたメアリーだが、話の中身が見えてくると途端に落胆した表情に変わった。
「まさか、侯爵家は侯爵家でも、次男のアルバート様だなんて……」
なるほど、あの変わり者っぽい暗い感じの方か……。
私も夜会で何度かアルバート様を見掛けたことがある。長い髪で隠れていて顔立ちは分からないけれど、いつも壁際の椅子で一人で本を読んでいるイメージだった。
夜会とは言わずと知れた社交の場だ。そんな所で読書をするのだから社交を完全拒否しているようなもの。間違いなくアルバート様は相当な変わり者だろう。
メアリーは体をさすりながら首を左右に振っていた。
「あんな方と結婚したらきっと人生真っ暗になるに違いありません! いくら格上貴族でも無理です!」
「あなたがお父様達に頼みこんでまとめてもらった話でしょうが……。簡単には断れないわよ」
「……そう、格上貴族だけに簡単には断れないのです……。というわけでお姉様、私の代わりに行ってきてください!」
「また私に押しつける! 私だって嫌よ!」
その時、私とメアリーが話をしている部屋にお父様とお兄様達が雪崩れこんできた。
「頼む、レイチェル! 行くだけ行ってくれ!」
「何度かお見合いをするだけで構わないから!」
「それで私達の顔は立つし、家同士の関係も保たれる!」
えー……、だからどうして私が……。
結局、私は愚かな妹が撒いた種のせいでアルバート様とお見合いをすることになった。
まるで市場に出荷される子牛のような気分で侯爵家へと赴く。
通された部屋にはすでにアルバート様が。椅子に腰かけて本を読んでいる。私が現れたのを見て彼は立ち上がった。
「本日はわざわざのお越し、ありがとうございます。アルバートです」
「はじめまして、レイチェルと申します。夜会で何度かお見掛けしているので、厳密には初めてお会いするわけではないのですが」
「そうですか。いつも本を読んでいるので気付きませんでした」
「ええ、いつも本を読んでおられますね……」
ここで会話は途絶え、アルバート様は再び閉じていた本を開いた。目の前にいる私を全く気にする様子もなく、黙々と本の世界へ。
……夜会で見たそのままの方だった。私はここからいったいどうすれば……。
といたたまれない気持ちで椅子に座っていると、アルバート様が我に返ったように本をテーブルに置いた。
「あ、すみません。ついいつもの癖で」
「いつもの癖とは?」
「私は父より日々仕事を課せられていまして。少しでも時間が取れれば好きな本を読む癖がついてしまっているのです」
「な、なるほど。よほど本がお好きなのですね」
たとえそうだとしても、夜会やお見合いの席で読むのはどうだろう……。やっぱり変わった人だ。今も置いた本に向かって手がピクピクと動いている。お見合い中なのだからもうちょっと我慢してください……。
アルバート様は自分を律するようにピクピク動く手を反対の手でぎゅっと握った。
「読書だけが私の楽しみでして……。レイチェル様は本をお読みには?」
「私は教養の本くらいです。本とはそれほど面白い物でしょうか」
「ふむ、教養本だけではそう思ってしまうのも無理はありません。よろしければ、私のおすすめの読み物をご紹介させてください」
「え、で、では、お願いします……」
こうやって気まずい沈黙の中で向かい合っているよりはいいかもしれない。
私はアルバート様の案内でお見合いの部屋を出る。辿り着いたのは彼の自室だった。
今日初めてまともに会話したのにいきなりお部屋に……?
……まあ、アルバート様は全く危険な感じはしないけれど。
室内に入ると私の視線は壁一面に並ぶ本棚に奪われた。
「大変な量の本ですね。いったい何冊あるのですか?」
「数えたことはないので……。えーと、レイチェル様に楽しんでいただけそうなのは……」
しばらくしてアルバート様は一冊の本を手に戻ってきた。彼は表紙をめくりながら説明を始める。
「これなどいかがでしょう。家のための結婚が嫌で屋敷を飛び出した貴族の令嬢が、暮らしていた王国をも飛び出して世界中を旅する冒険譚です」
「え、子供向けの童話ですか?」
「いいえ、難しい文法なども使われているので子供向けでは。大人でもこういった物語を読むのですよ」
そうなのですね。確かに、……面白そうではあります。




