一章:奈落よ奈落よ何故躍る、人の心が分かって恐ろしいのか 6
無事奈落から脱出し、街に戻る頃にはもう夕方に差し掛かる時刻だった。帰りの運転はもちろんハルキ。助手席ではフェンがぐーすか寝ており、後部座席にはオライオンとペルテテーがいた。
「送ってもらって助かるよハルキ。IDカードを紛失したのはまずかった。危うく検問所から出れなくなるところだった」
オライオンの感謝にハルキは苦笑するしかない。検問所で無事通れたのは、主にフェンが理由だったからだ。
「だが、俺とペルテテーを父と母だといって押し通したのはびっくりしたぞ。フェンは演技がうまいな」
ペルテテーがフードを目深に被る。
「私はそんな歳じゃないよ……」
「オライオン、それはフェンが起きてるときに言わないように。調子に乗るからね。ペルテテー、気を悪くしたならあとでフェンを怒っておくよ」
「大丈夫だよ。人と話すのに慣れてないだけ」
ペルテテーが窓の外を見る。
「あんたらみたいのはここに来て初めてだよ。親切の在庫がこの街に存在していたことには驚き」
ペルテテーはこの街の悪い部分に長らく浸っていたのだろう。確かに、ケイオス市に博愛なんて言葉は存在しないに等しい。隙を見せれば騙され、絆されれば裏切られる。この街で勝つには、良心の一切を捨て、法律の抜け道を通って合法的に権力者になるしかない。それですら、一度足を掬われれば底辺へ真っ逆さまに落ちる。
「こんな街だからね。誰かと一緒じゃなきゃ生きていけない。一緒の道を歩むと決めたら、僕はいつだって手を差し伸べるさ」
優しんぼめ、と囁く声が聞こえる。寝ているはずのフェンの言葉は聞かなかったことにした。
緩い空気が漂う。
車内の沈黙が面映ゆい。誰かしゃべってくれないかと思ったところで、フェンが細いため息を出した。
「ぬしらよ、我らは大物を討ち取った。こういうときは、うちあげ、とやらをやるものだろう? 今日は疲れたからもう寝たいが、明日はいかがか?」
「さすがフェン、分かってるな! 市からの聴取は俺に任せてくれて構わない」
「ネットに載るようだからの。我もハルキも、それは遠慮したかったところよ。大儀である」
「ははー」
オライオンが上半身を折り曲げようとし、助手席に額を打ち付けた。なにやってんのさ、とペルテテーが笑みをこぼす。
「してペルテテーよ、ぬしはどうする?」
「私? いいの?」
「良いもなにも、一緒に戦った仲ではないか。のう、ハルキよ」
雑な振り方だ。ハルキとしても、ペルテテーのような腕利きの探索者とは仲良くなっておきたい。信頼できそうというだけでこの街では貴重だ。
「もちろん。ペルテテーが来てくれれば僕もうれしい」
「ん……なら、行く」
指でフードを更に深くして、ペルテテーが頷いた。
ハルキは車を駅前のロータリーに停める。歓談の時間もこれで終わりだ。
「今日はありがと。報酬とマナ結晶売上の分配、忘れないでね。それじゃ、また明日」
フードを取ったペルテテーがひとつ微笑んで車を出た。
「ハルキ、フェン。今日はありがとう! また明日!」
快活な別れの言葉を告げ、オライオンが去る。ふたりが駅の中へ消えていくのを見届けて、ハルキはアクセルを踏んだ。
街路を練り歩く集団は昨日よりも数が増えていた。今回はルヴェイン社に対する抗議の横断幕を広げている。なんとなく気まずくて、夕焼けが街を染める中、ハルキは視線を逸らした。
「久々にしんどい一日だったよ」
「なに、よき出逢いによき探索。冒険をして正解だったではないか」
こういう時にはちゃんと締めるから、フェンはたちが悪い。
「これで金もがっぽがっぽ! しばらくは遊んで暮らせるのお! 我、映画のサブスクもう一個入っちゃおうかな!」
……台無しだ。




