一章:命は羽のように軽い 2
「なし、なし、ああもう、これも無し、却下だ却下!」
6LDKのリビングにオライオンの嘆きが響く。対面に座るハルキも、タブレット上に示された情報を見ながらしかめっ面をするしかなかった。
「どうして探索者の連中はまともに文章が書けないんだ? 見ろよハルキ。俺ができること、アヴェスターを倒すこと、だとよ。それができなきゃ探索者になれねえだろうが!」
ごもっともである。だが、現実の探索者などこんなものだ。ハルキとて、最初はひどい目にあったものだ。裏切られ、騙され、奪われ、貯めた金が一瞬にしてすっからかんになることなどいつものこと。持たざる者をこの街は徹底的に搾取する。
フェンがいなければハルキは既に百回は死んでいる。その数以上に、公共物を破壊された。ありがたみが薄れる。
当のフェンは、ナーガとペルテテーを連れて奈落潜りだ。さすがに小奈落には向かわず、浅瀬で暴れてくると言っていた。正直ハルキも行きたかったが、オライオンに玄関口で捕まり、こうして朝から夜までDMを眺める苦行を強いられている。切実に殴りたい。
そろそろ空腹がひどくなってきた。
「オライオン、夕食どうする?」
「んあ? 作ってくれるのか?」
「この苦行の果てにさらに家事をやれと? 言うねオライオン。君のエロ本をディアナへ送りつけてもいいんだよ?」
ハルキ、とオライオンが急に真面目な顔をした。
「俺がハルキの部屋にそれを置いたのはなぜだと思う?」
「ディアナから隠すためだろう?」
ふっ、とオライオンが鼻で笑った。腹が立つ。
「お前に女体のすばらしさを知ってもらおうと思ったんだ。語り合いたかったんだよ!」
こいつ、馬鹿だ。心底馬鹿だ。この男も結局は性欲にまみれた猿か。哀れである。
「オライオン、言っておくよ。僕は誰かも分からない女性の裸体に興味はない。ペルテテーこそが至高だ。覚えておくといい」
「一途なのは悪くないが、どうせ土壇場でお前気絶するだろ。今のうちに慣れとけ」
確かにそれはマズい。気絶した状態でペルテテーに発見されるのは羞恥の極みだ。ならばいっそ……。
「ならペルテテーと見るよ」
「……お前は新種のアホか?」
「君に言われると人生が終わりに思えてくるよ」
「恋愛成績ゼロのハルキにだけは言われたくねぇよ」
「ほぅ、やるかい?」
「はっ、やるか?」
ふたりの視線が中央で火花を散らす。意見が対立したとき、この場所では必ず遊戯で決めるというルールだ。
さて、今日はどのキャラで戦いへ赴こうかと考えているとき、オライオンが片手で待ったを要求した。
「なんだい? 戦う前からハンデの要求かな?」
「違う。まともなDMが来た」
ふむ、とハルキは意識をタブレットの画面へ戻す。
名前はノア。探索者歴一年。装備は魔杖弓。魔法は中遠距離型。討伐歴はカテゴリー二のアヴェスターを撃破。ただし、仲間三名が死亡。
「要領よくまとまってるね。うちは後衛がひとり欲しいし、ちょうどいいんじゃない?」
「種族を見ろ」
種族――妖精種。
自然と視界が細くなった。こつん、とこめかみを指で叩く。
「オライオンはどう思う?」
「直接会う価値はあるだろ。だから残るはお前の判断だ」
「僕個人としてなら同じ意見だ。だけど、ペルテテーがどう思うか分からない。確認してもいいかい?」
「してくれ。妖精種と鬼種の対立問題を無視してことを進めたくはない」
スマホでペルテテーへ連絡する。電話はすぐに繋がった。
「どうしたの? もう寂しくなった?」
「不意打ちはやめてほしいな。結構僕に効く」
「ん、もうちょっと焦った声が聞けたら良かったかな。なにか用?」
「ちょっと事務所の採用について話がしたくてね、いまいい?」
「いいよ、ちょうどレストランにいるんだ。注文が来るまでナーガにフェンの暴走対応を任せてきたよ」
「いい加減ナーガに特別手当を出さないといけないな。それは今度考えよう」
「うん、いいと思うよ。ハルキ」
「うん?」
「言いづらいこと?」
「ちょっとね。できれば怒らないで聞いてほしいな」
「うん、言って」
「妖精種から応募が来たんだ。驚くほどまともな文章でね。性格は分からないけれど、戦力はまあ、からいけど及第点未満ってとこかな」
「いいよ。ハルキが判断して」
即答だ。思わず驚きの声が漏れる。電話口で、ペルテテーがくすくすと笑う。
「別に妖精種全員を憎んでるわけじゃないよ。まともな奴なら雇っていいんじゃない?」
「うん、分かった。ちゃんと見定めてくるよ」
「わざわざ連絡ありがとね」
「ペルテテーが大事だからね。連絡はするさ」
「ん、明日帰るから、ね」
「うん。食事時に悪かったね。ありがとう」
電話を切って、ハルキはほっと息をついた。オライオンが口端を吊り上げて笑っていた。
「ペルテテーが大事だから、か。言うようになったじゃないか」
「事実を言っただけさ。ペルテテーを泣かす存在は誰であろうと許さない」
「そういうハルキが一番泣かせてるんじゃないか?」
瞬間的に巡る記憶。確かに、ペルテテーが泣く時にはいつも自分がいた。
「オライオン、僕を殴ってくれ……」
「お前の思考回路が俺はたまに分からなくなるぞ」
「僕は極めて論理的なつもりだ」
「お前の中では、な?」
「オライオン、さっさとDMを送り返すといい。そのあと勝負といこうか。出前の料金も掛け金に追加だ」
へいへい、とオライオンがノートPCのキーボードを叩きはじめる。ハルキは液晶モニターの前でゲームの準備を始めた。




