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相棒はカンフー童女  作者: ユーカリの木
歌姫はキャンディサーカス
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三章:光は明るいほど、影は暗くなる 4

 東セクター、ホテルの一室。部屋の中は黄昏に落ちていた。ハルキはベッドに座って努めて考えないようにしていた。フェンは黙したまま棍を握って壁に寄り掛かってる。


 襲撃から三時間以上が経った。ペルテテーからの連絡はなし。


 ホテルの場所、そして部屋番号は以前取り決めた暗号で連携している。ペルテテーが無事なら、必ずここに来る。


 ――来ない。


 静寂で耳が痛い。


 ふいに、フェンが動いた。入口へ棍を向けて腰を落とす。


 こんこん、とノック音。


「私……鍵開けてもらえる?」


 安堵のあまり腰が抜けそうになった。フェンがすぐさま鍵を開けて扉を開いた。フードを被ったペルテテーが部屋に転がり込んだ。外套の色が変わっていた。フードを取った彼女の表情は疲れ切っていた。


「はぁ、ごめん、遅くなった。さすがに直行するのはマズいと思ってね。北セクターを経由してからこっちに来たよ」


 魔杖短剣を抜き、床に座り込んだペルテテーの傍に寄る。


「怪我は?」


「ん、結構斬られたかな。でも大丈夫、鬼種は治癒力高いから。あと、途中で外套買い替えたからたぶんここはバレてないよ」


 言いたいことは全部呑み込んだ。ペルテテーが無事ならそれでいい。


 魔杖短剣の引き金を何度も絞る。空薬莢が床を転がる。ペルテテーの全身が淡い白に輝く。マナ操作による自己治癒力の強化だ。


「ん、魔弾もったいないよ?」


「ペルテテーにはいつも綺麗でいてもらいたいんだ」


「ん……」


 光が消える。ハルキは短剣を鞘に仕舞った。


「ホテルは久しぶりよの。一か月ぶりかぇ? るぅむさぁびすでも頼もうぞ」


 とてとてとフェンが室内を歩いてメニューを引っ張り出した。


「おぉ、美味そうよなぁ! 我いっぱい頼んじゃおうっと!」


 フェンが室内電話をかけ始める。


「ハルキ、伝えることがある。敵が見えなかった」


「……見えない?」


 ペルテテーが頷く。


「気配も姿もまったく分からなかった。殆ど勘で動いたよ」


「魔法か……」


「その線が妥当だろうね。オライオンが無防備で刺されたのも納得だよ」


 自宅の襲撃を察知できたのは奇跡だ。二度目はない。攻撃に転じねば次は全滅だ。


 問題は敵が分からないことだ。姿が見えない。所属がどこかもはっきりしていない。情報が致命的に足りない。


 いっそキャンディサーカスに乗り込むか。却下だ。罠を張られたら終わりだ。犯していいリスクじゃない。


 ナンダと会話するか。敵がナンダの周辺にいたら終わりだ。


 攻め手がまったく見つからない。


 ディアナは確実にマークされている。そもそも、これ以上の情報取得は無理筋だ。彼女から情報が引き出せるなら、彼女はいま死んでいる。


 まずい、助かる道筋がない。


 視野が狭いのか? だがオライオンと自宅への襲撃から出される結論は麻薬だ。


 いっそクリスタルラインへハッキングを……。


「ならん」


 背の短剣に伸びた右手を、フェンの魔杖棍が抑えた。


「ぬしよ、いまなにを考えた?」


 フェンの目は穏やかだった。ハルキは軽く息を吸った。


「ごめん、クリスタルラインにハッキングしようとした」


「それは悪手よ。ユニオン序列一位へのハッキングは以前試して懲りたろうに」


「そうだね、あのときはPC一台おしゃかになった。住処も変えた。アルゴリズムダンスが敷いた序列一位の防壁は完璧だ」


「ハッキングする相手は慎重に選ぶがよい。下手に飛び込むと食われるからの」


 そうだ、ハッキングは決して万能ではない。電子の海にない情報は取れないし、下手に強力な防壁を突破しようとすればこちらがやられる。


 顔を両手で覆う。息を吸う。吐く。肩に温もりが置かれた。ペルテテーの暖かさは心を落ち着けてくれる。


 ハルキはゆっくりと顔を上げた。


「エガリゼと取引しようか」


 エガリゼ――北セクターを縄張りとするマフィア、T3。人身売買、麻薬密売、売春斡旋の三つの悪徳の内、人身売買を生業とする幹部。一か月前、ルヴェインの不正情報と六千万リルで取引した相手。


 肩に置かれたペルテテーの手に力が籠る。


「本気なの?」


「他に方法がないんだ。蛇の道は蛇ってね」


「あいつは簡単に情報を流してくれるような人間じゃない。対価になにを要求されるか分からないんだよ?」


「出せるものなら差し出すさ。どの道、このまま立ち止まっていれば袋小路だ。なら、命をチップにしてでも賭けるしか方法はないよ」


 ペルテテーが縋るようにフェンを見る。童女は表情を変えなかった。


「手土産はどうする? あの男は頭がキレるゆえ、こちらから連絡すれば足元を見られよう?」


「用意している暇はないよ。会話の中で探るしかないね」


「ふむ、言論の戦いは我の領分ではない。ハルキに賭けるしかなさそうよの」


 ハルキは自然と震える手をペルテテーへ向ける。彼女がそれを両手で握りしめた。見つめ合って、こくんと頷く。


 エガリゼへ電話を掛ける。相手はすぐに出た。


「これはこれはハルキさん。あなたから連絡をいただけるとは光栄の至り」


「やあエガリゼさん、事業は順調かな?」


「ええ、あなたのお陰で次の事業の準備ができています。ハルキさんはいかがですか? この一か月で特別個体を五体も倒したとか」


「さすが、耳が早いね。お陰で見たこともない金額が通帳に入って目が回りそうなんだ」


「あなたほどの方だ、それくらいの額はいずれ動かせるようになります。まずは投資から入るのをお勧めしますよ」


「仲間にも言われたよ。エガリゼさんもそう言うのなら、やった方がいいのかな? ご教授願っても?」


「ええ、もちろん。ハルキさんならいつでも歓迎します。この前の約束は覚えておいでで?」


「食事の約束のことかな? もちろん覚えているよ」


「では今日の十九時でいかがでしょう? 場所は後ほどお送りします」


「とてもいいね。でも、ドレスコードはあるのかな?」


「いえいえ、あなたとの会話に堅苦しいものは似つかわしくない。普段の恰好で楽しめる場所をご用意いたしますよ」


「期待でお腹がなりそうだ。しばらくは空腹に悩まされそうだよ」


「有意義な食事としましょう。では、後ほど」


 電話が切れる。自然と身体が倒れそうになって、ペルテテーに抱き留められた。


「ハルキ、前回ももしかしてこんな感じだったの……?」


「……僕は臆病者のでね。マフィアの幹部と平然と話せるほど強くはないんだ」


 強く抱きしめられる。震えは止まっていた。


「お願い、無事に帰ってきて……」


 縋るようにペルテテーの背に手を伸ばした。彼女の体温だけが救いに思えた。


「ぬしらよ、我はしばらく寝る。しばらくいちゃついておれ」


 くわっ、と欠伸をしたフェンが入口付近のベッドに飛び込んだ。


 相棒の言葉がいまはありがたい。でも、ルームサービスがもうすぐ来る。



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