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一章:奈落よ奈落よ何故躍る、人の心が分かって恐ろしいのか 2

 燃えるような赤髪をした男性が、霧の中から這い出して来る。腕の力のみで下半身を引きずって進む男は、その精悍な顔に血が滲んでいた。腰のベルトには魔杖剣が吊り下がっている。間違いなく探索者の姿だ。


 その姿を見るやいなや、ハルキはすぐさま駆けだした。フェンが慌てた声を投げてくるが無視。男の下に近寄り声を掛ける。


「大丈夫かい?」


「やらかした……両足を折られた」


 男の返答を受けてハルキは視線を滑らせる。男の足首が左右共に不自然な方向に曲がっていた。ぱっと見の外傷も多い。こんな場所に放置すれば確実に死ぬ。


「頭のふらつきは? ひどいようなら抗マナ浸蝕剤を打つよ」


「すまん……助かる」


 ハルキは男の目を覗きこむ。瞳孔が痙攣している。マナ浸蝕に伴う典型的な身体の異常だ。


 ウエストポーチから注射器を取り出す。男の袖を捲り、針を刺して薬剤を流し込む。


「まったく、ま~た優しんぼが始まったのお」


 棍で肩を叩きながら歩いてきたフェンが膝を落とす。三節棍に変形したそれを腰のベルトへ吊り下げた。


「ほれ、手伝ってやろう」


 地面に伏せた男の胸にフェンが手を差し込むと、転がして仰向けの状態にした。


「あれま、これはまた男前よの。世の女が放ってはおくまい。名前はなんという? 仲間はおるか?」


「……オライオン。ひとりだ。救助……感謝する」


「ふむ、オライオンよ、我ですまぬがお姫様抱っこをしてやろう。痛むだろうが我慢せよ。男子おのこだろう?」


 フェンが軽々と男を持ち上げる。ほれ、とハルキに顎をしゃくった。


「どうせ戻るのだろう? ほれ、我が後部座席に運んでやろう」


 ほっせ、ほっせ、と車へ戻るフェンの後をハルキは追いかける。


 後部座席にオライオンを寝かせたフェンが、肩を回しながらハルキに近寄る。


「うむ、役得役得。たまにはこういうのも悪くない」


「フェン」


 分かっておる、とフェンが神妙に頷いた。


「単独で潜るとは、あやつ相当できるな。それに、完全に前衛向きの肉体と体重よ。あれがあの有様ということは……はてさて、いよいよこの小奈落は普通ではなさそうよの」


「座標は分かったんだ。まずは市に報告をあげよう」


「では帰宅だ。内部の話はあのオライオンに聞けばよかろうて」


 フェンが再び棍を手に取り車上へ立つ。ハルキも運転席に乗ってアクセルを踏む。


 帰路はアヴェスターに遭遇しなかった。後部座席のオライオンは気力が尽きたのか、横になったまま動かない。奈落から出ると、フェンが助手席に戻ってくる。


「ぬしよ、言い忘れておったことがひとつ」


「なんだい?」


「オライオンだが、IDカードを持っておらん。医者へ投げたら面倒事になりそうよ」


 フェンの言いたいことは分かる。要は保険適用外となるから莫大な金を要求される、ということだ。昨日から金のことで悩まされている身としては、これ以上おいそれと無駄金は浪費できない。


「分かってるよ。僕が治す」


「久々にぬしの術を見れるか。楽しみよのお。普段魔弾まだんをケチって使わんからの。あと、いい加減名前でも付けたらどうだ?」


「いいんだよ。魔法ってことにしておけば変に詮索されることもないし」


「どこぞの研究所で実験体になるよりは良い……か。まったく、そら恐ろしい街よな」


 町へ入ってホテルの駐車場で車を止めた。オライオンのことはフェンへ頼み、ハルキはホテルの受付で手続きを済ませる。三人部屋となり料金が高くなるが、人助けのため仕方あるまい。


 二階の部屋の前で、ハルキは車内で待っていたフェンへ、スマホで部屋の場所を送る。すぐにオライオンを抱えた童女が、えっほえっほと駆けてきた。


 ハルキはドアを開いてふたりを入れる。フェンがオライオンを窓際のベッドへ横たわらせた。


 ベッドの脇に膝を付いて、ハルキは腰から魔杖短剣を引き抜く。通常の短剣とは異なり、鍔が非対称で片側に弾倉と引き金が付いている。弾は魔弾だ。


「何度見てもその支配するイデアはダサいのお。短剣が重くては意味がなかろうに」


「既製品じゃないし、文句はパーツを選んで組み上げたボン爺に言ってよ」


 ハルキが引き金を絞る。魔弾の中身であるマナの粉末を消費し、オライオンの患部へ治癒効果を付与、淡く白い光が患部を覆う。空薬莢が絨毯の上を転がった。


「フェン、オライオンの足首を正常な方向へ」


「麻酔無しとは、おぬしも鬼よの」


「いいから早く。でないと変な形でくっつくんだよ」


 ほいほい、とフェンがオライオンの両足首を無理やりまっすぐにする。男の唸り声が聞こえたが、麻酔は持ち合わせがないので我慢してもらうしかない。


 一分ほどして光が消失する。この術での治癒は久しぶりだ。あまり自信がなかった。もう一回やろうかとしたところで、オライオンが上半身を上げた。


「ひどい起こされ方をしたと思ったら、足の痛みがなくなった」


「ふふん、それは重畳」


 なぜかフェンがドヤっていた。オライオンが周囲を見渡し、ハルキを見る。


「あれは夢じゃなかったのか。怪我の治療までしてくれてありがとう。君たちは命の恩人だ」


「ハルキの治療は高くつくぞ~。ケチんぼだからな」


「すまない、料金は払う」


 申し訳なさそうに目を伏せるオライオンに、ハルキは軽く手をあげて断る。


「これくらい構わないよ。フェンの言葉は気にしないでほしい。事態を混ぜっ返すのが大好きなんだ」


「優しんぼのハルキがなにか言いよる。ならば今回は魔弾を大盤振る舞いせよ。たまには探索中に我を楽させてみせるのだな」


 ふぉっふぉっふぉ、と老子のように笑うフェンをハルキは無視することにした。


「身体の方は大丈夫かい? 他に痛いところは?」


「いや、問題ない。身体は十全だ。多少の傷は魔力を集中すれば治せる」


 単純な魔力操作による自己治癒力の強化とは恐れ入る。そう歳は変わらないように見えるが、相当な実力者であることは間違いないらしい。


「じゃあ質問をさせてほしい。あの小奈落で一体なにがあったんだい?」


 オライオンの思案顔。が、なにがあったのか、視線が空を彷徨い始める。


「どうしたんだい?」


 オライオンが震えだした唇を開く。


「記憶が……なくなった」

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