三章:消え失せよ、むなしき光 6
T3本社、休憩室の一室。奥には仮眠用のソファーが置かれ、入口には食べ物や飲料の自販機が並んでいる。値段は相場の半額だった。マフィアの癖に、内装は普通のオフィスのそれだ。窓側は全面ガラス張りで昼の日差しが痛いくらいに入り込み、室内を無駄に明るくしている。
ソファーに寝ころんだペルテテーは、目元に腕を置いて明かりから逃げる。思考は既にやめていた。この街では、考えるべきときに考え、動くべき時に動かねば死ぬ。理想なんて蚊帳の外。
なにも知らなかったペルテテーは、騙されて、騙されて、何度も何度も地べたを這い、泥水をすすって来た。騙す方が悪い、なんて言葉はこの街では負け犬の遠吠えだ。勝てば過程など吟味されない。勝てばいい。勝てば里を救える。
負ければ死ぬ。それはいい。でも、里を救えないのは身が引き絞られるほどにつらい。母も父も、里の子どもたちも、ひたすらに助けを待っている。約束したのだ。いっぱいお金を稼いで、里を復興すると。お腹いっぱい食べさせると。
そう、約束したのだ。
だから、喉がひりつき、胸が爆発しそうなほどに痛いのも、いまは我慢すればいい。
スマホが震える。エガリゼだろう。次は何をやらされるのだろうか。もう何も考えたくはなかった。
「今度はなんの用?」
「やあ、ペルテテー。元気してたかい?」
「……は?」
スマホを持つ手が勝手にこわばる。掛けてきた人物が裏切った相手など完全に予想外だった。
「え、な、なんで……」
「うん? 前に連絡先交換したじゃないか。もう忘れたのかい?」
忘れんぼさんだなあ、とハルキが笑う。
「そ、う、じゃなくて! なんで私なんかに掛けてきたのさ! 会話は筒抜け、逆探知だってされるんだ! いいからさっさと――」
「知ってる知ってる。こっちでも把握してるよ」
「はあ……?」
もう、訳が分からない。
「そろそろ君のところに来る人物に変わってもらえるかな? ああ、スピーカーにしてもらってもいいよ」
不意に、休憩室の扉が開かれる。エガリゼだ。
ペルテテーは震える指でスピーカーモードに変える。
「やあ、T3の方。僕はハルキだ。君たちの抹殺リストに名前が載ってる人物だ」
くつくつと金髪の男が笑う。
「初めましてハルキ殿。私はT3社人材派遣部門を担当するエガリゼです。お早い連絡、感謝します」
「おや、僕が連絡するのを待っていたようだね。もしかして一緒に会話を楽しんでくれるのかな?」
「もちろん。あなたの素性はペルテテー殿から伺っております。」
「嘘はいけないな、エガリゼさん。聞いているのは精々僕の性格くらいだろう?」
「おっと、失礼しました。楽しい方だと伺っております」
「うん、僕の欠点が伝わってないようで何よりだ。さて、エガリゼさん。楽しい話をしよう。僕たちはいま敵対しているけど、何かがひとつあれば、握手ができるくらいには仲良くできると思うんだ」
「とても良い議題です。私もあなたのような方とは是非握手をしたい」
「いいね、僕たちはいま共通の相手がいる。認識はあっているかな?」
「素晴らしい。想定を超えていますよ」
「僕はいい情報を手に入れた。だけど残念、僕じゃ生かしきれそうにないんだ。そこで、エガリゼさんなら活用できそうだと踏んでいるんだけど、どうかな?」
エガリゼが身を乗り出す。表情はいままで見たことがないほどの喜びだ。
「ええ、ええ、我々ならばきっとうまく扱えるでしょう。ハルキさん、是非お会いして会話したい。いかがでしょう?」
「ナイスアイデアだ。交渉はやっぱり対面でやるべきだ。エガリゼさんはまるで交渉人だね」
「嬉しいことを言って下さる。場所はそちらに近いところにしましょう。そうですね、座標はここでどうですか?」
「問題ないよ。でもひとつお願いをいいかな?」
「なんなりと」
「ペルテテーを連れてきてほしいな」
喉の奥が悲鳴を上げた。
「もちろん、最初からそのつもりです。他にはなにかありますか?」
「大丈夫だよ。時刻は十六時でどうだろう?」
「ご配慮痛み入ります。その時間で」
「本社からは少し遠いだろうからね。じゃあ、会うのを楽しみにしているよ」
じゃあまた、と言って電話が切れた。
ペルテテーでは会話の裏が全然読めない。ハルキが何を考えているのか分からない。エガリゼの子供のような笑みの意味も理解できない。
この街で分からないことは怖いことだ。何度も同じ恐怖を味わった。
なのに、心の底に暖かいものが生まれたのはなぜだろう。




