三章:消え失せよ、むなしき光 3
「今宵の宴は月が肴か――」
そのとき、銀が舞った。それは一瞬で、流れ星が眼前で飛び交ったような綺麗な瞬きだった。
「――自然の灯火は、俺の目に心地良い」
そろりとハルキの眼前に人影が立つ。草履に足袋。紺色の着流し、腰には魔杖刀の鞘が帯の内に挿してある。帯の下から覗いた尻尾は手入れがしっかりと行き届き月光を反射している。灰色の羽織が風に揺らめき、タバコの匂いが鼻孔を優しく撫でる。銀色の毛並みが美しい、狼のベスティア。その佇まいから、フェンやオライオンを超える武芸者であることが見てとれる。
物語から出てきた強者に守られる、夢のような瞬間だった。
「ハルキといったか、そこな馬鹿弟子が世話になった」
げっ、というオライオンの気まずそうな声。
「師匠……たまに視線を感じると思ったら……もしかしてつけてた?」
狼が大きな口に咥えた煙管をふかす。
「もう少しできると思ったのだが、期待し過ぎたようだ。世話になった友人を守れんでどうする」
情けない、という最後の一言でオライオンが項垂れる。一応敵前だということは忘れないでほしい。そんなハルキの考えを見透かしているのか、狼が視線をちらりと向けた。
「俺はクリスタルラインが用心棒、景久だ。そこな馬鹿の師匠だ。で、そいつはT3社側の刺客といったところよ。おっと、背後に二人増えたか」
立ち上がったハルキの背後に静かな足音が迫る。
再び銀閃が走る。大気に澄み渡る金属の切断音。人影が大幅に後退する。
「告ぐ――とく退け。これ以上はクリスタルラインへの攻撃と見なす。掛かって来るならば結構。存分に死合おうぞ」
耳鳴りがするほどの静寂。
「引き上げるよ」
ペルテテーの声が小さく響く。闇の気配が川べりから消えた。
重圧から解放されたハルキは、ようやく溜まっていた息をこぼした。
「さすがに死ぬかと思った……」
「すまなんだ。戦況を見ていてな。手を出すつもりはなかったのだが、そこの馬鹿垂れがどうしようもなく阿呆すぎて、少し出るのが遅れてしまった」
言い過ぎじゃない? と下半身を氷漬けにしたオライオンが情けなく呻く。
半眼となった景久が、銀を走らせる。一瞬で氷が粉みじんに斬られ、オライオンの身体が自由を取り戻す。
「おお、ありがとう師匠!」
「阿呆が……。これ以上手出しはせんぞ。家を出ると心に杭を打ったのだろう? なれば最期まで果たしてみせい」
刀を鞘へ納めた景久が羽織をひるがえす。
「これがクリスタルラインが出せる最大限の助力よ。あとは己らで乗り越えてみせよ」
景久が跳び、街灯を踏んで夜の街へ消えていく。その様を呆然と眺めていたハルキは、お礼言うの忘れた、とひとりごちた。
オライオンが電源を入れたスマホを見てすごく嫌そうな顔をしていた。
「どうやら、ハルキとフェンはルヴェイン社の暗殺リストに載ったらしい。暗殺部隊は師匠の言う通りT3っていうマフィアだ。親父の絶縁状と一緒に送られてきた」
「クリスタルライン系ユニオン序列第二位と、北区を仕切ってるマフィアか……これは、結構真面目にヤバイね」
「どうする、ハルキ」
「さて、どうしよっかなぁ……」
街を支配する巨大企業の一角、そして三つの悪徳をこなすという裏社会の一角、それらが敵に回った。おおよその理由は分かるが、話し合いくらいさせてほしいものだ。
景久の宣言で今日は退いたが、絶縁情報が流れればオライオンもリストに載るだろう。つまりは絶体絶命。
「ぬしら、無事かえ⁉」
フェンがやって来てハルキに頭から突っ込んでくる。
ぐぇ、と胃液を吐きそうになった。
「いま無事じゃなくなったよ……」
「なに、愛の抱擁よ」
「世間ではこれを頭突きっていうんだよ。覚えておいてくれると嬉しい」
フェンが離れて真面目な表情になる。
「敵は結構な手練よ。アパートの出入口、それに外で打ち合ったが、力任せの一撃はすべてさばかれたわ。マフィアにしては戦闘向きよの」
「相手はルヴェイン、尖兵はT3みたいだ」
「小奈落で見た死体置き場が原因かの。網に掛かってしもうたか」
「なに、早かれ遅かれバレてただろうね。不意打ち食らう前に分かったのは逆に僥倖だった。お手柄だよフェン」
こつん、とフェンがハルキの胸に拳を打ち付ける。
「言うとる場合か。敵はユニオン、そしてマフィアよ。考え得る限り最悪な相手、いっそ逃げるかえ?」
「さて、考え時だね。それとペルテテーは敵に回ったよ」
そうか、と言ってフェンが目を伏せる。
「まずはどこかへ身を隠そうか。それから、食事をしよう。考えるのはその後でも遅くはないよ」




