三章:消え失せよ、むなしき光 2
ケイオス市の夜は明るい。路地であっても街灯が等間隔で並び、宵闇を晴らしている。市長曰く、犯罪対策とのことだ。お陰様で公共事業も多く、年々失業率も下がっているようだ。この崇高なる理念を月一で砕き散らすフェンは、一度天罰を食らった方がいい。
ともあれ、魔弾を一割引きで買えたハルキは上機嫌だった。上客を紹介したのが大きかったのだろう。隣を歩くオライオンは、両手に食材を入れた袋を下げてのほほんとしていた。
「連日悪いな。今日家に帰ると絶対実家に強制連行される気がしてな」
「なに、構わないよ。きっとフェンも喜ぶさ。ああ、先に言っておくけど、自分のおかずは自分で死守するのがうちのルールだ。よそ見したら無くなるよ。主に僕のが……」
「常在戦場だな。ハルキ達の強さの秘訣だな」
「そんな高尚な理念じゃないけどね」
アパートに戻ると、明かりは付いていなかった。フェンはまだ寝ているのかもしれない。鍵を開けて中に入り、電気のスイッチを入れる。リビングの冷蔵庫を開け、オライオンと共に食材を詰め込んでいく。
二袋分を空にし、ハルキは一旦自室へ向かう。魔弾二箱を机の上に置いて、フェンの部屋の前へ。
「フェン、まだ寝てるのかい? そろそろ起きなよ」
返事はない。ドアノブを曲げれば、鍵が掛かっていない。扉を押して入ると中は暗かった。ベッドは乱れ切っており、布団はなぜか部屋の隅に丸まっていた。いつも寝床は綺麗にするように言っているのに、今日もこの有様だ。
仕方ないな、と息を漏らしてハルキは明かりをつけて、ちゃっちゃと片づける。床にはアメの菓子袋が落ちており、包装されたアメ玉がいくつか転がっている。額が何度かピキりそうになりながらも、せっせと綺麗にしていく。
「お母さんだな、ハルキ」
のそっと現れたオライオンの言葉が、ハルキの心を無情に抉る。
「そういう君は、既に昨日の時点でフェンのお父さん役だよ」
「ペルテテーがいないとお母さん役は大変そうだな」
オライオンが笑ってリビングへ戻っていく。
掃除を終えてハルキは腰を上げた。帰ってきたら今日は雷を落とそう。絶対そうしよう。
自室に戻ってそのままリビングへ行こうとしたところで、ハルキは違和感に気づく。自室の隅、ひっそりと隠れるように置かれた金庫が動いた形跡がある。
嫌な予感がした。
金庫を見る。ずれた跡が床に残っていた。
猛烈に嫌な予感。
金庫を開く。中にはノーヴェンバーを討伐した際に得た高純度マナ結晶が入っているはずだが――無かった。あるのは高価な宝珠のみ。マナ結晶だけが綺麗さっぱり消えている。
唐突に玄関から扉が開かれる音。
「我が帰ったぞー! 聞けぬしよ! マナ結晶を売ってきたぞ! なんと、我の偉大なる交渉術により七千万リルになったぞ! どうだ、すごかろう!」
魔杖棍事件からわずか三日後のいま、ハルキ、思考が空白で埋まる。
「おお、オライオンもおったか! さあ、我を称え崇めるがよい!」
「お、おお……」
オライオンも言葉が出ないようだ。当然だ。今回の討伐はクリスタルラインの嫡男が討伐したことで注目されている。下手に売って情報が出回れば、面倒事になりかねないのだ。
だからクリスタルラインへ直接売ろうかと考えていたのだが、フェンのお陰ですべてがご破算である。
すぐさま机の引き出しからノートPCを掴んで開く。叩きつけるように電源をオンにし、インターネットに接続。
腰から魔杖短剣――支配するイデアを抜き、引き金を絞る。空薬莢の排出音と共に、クーとデターが現れる。
「マナ結晶市場のデータバンクにハッキング開始! 急いで!」
「売買記録確認シタ。一時間前二売ッタミタイだゾ!」クーの速攻。
「……マナ結晶市場関係者のヤリトリに不審点発見。高純度売買時にマフィアへ連絡するヨウ通達アリ」デターによる絶望的な情報。
ハルキは頭を抱える。
「周囲百メートルの監視カメラへハッキング! 不審人物を探せ!」
「マズいゾ!」クーの嫌な警告。
「……既に囲まれてル」デターが最悪を告げた。
ノートPCを抱える。端末と電波さえあれば、電磁精霊の力でどこでもネットに接続できる。
「フェン! オライオン! マフィアが来る! 逃げるぞ!」
ふたりの反応は早かった。 魔杖剣を装備したオライオンがすぐさま駆け付ける。
「オライオンよ、ハルキを頼む! 我は後詰だ! 時間を稼ぐ、逃げぃ!」
フェンの叫び。オライオンがハルキを左腕で抱え、窓を開いて月下を跳躍。隣の建物の屋根に降り立ち疾走。
「ピンチ! ピンチ!」クーが楽しそうに笑う。
「……絶対、絶命」デターは眠そうだ。
眼下の街路には魔杖装を持った人影が複数。おそらくはマフィアの戦闘部隊。正面で戦えば殺される。
こんな誰が見ているか分からない場所で、マナ操作の真骨頂であるクー・デターを晒している時点で最悪だ。バレたら研究所行き。でも使わなければ死ぬ。
ノートPCの画面にかじりつく。二匹の精霊が画面上にマップを展開し、敵の位置をポイントする。数は六名。こちらを追い詰めるように展開している。
「ハルキ、どうする!」
走るオライオンの切羽詰まった声。ハルキは思考を回す。敵は侮ったか、完全に包囲されたアパートから抜けた途端、穴ができている。
「十時の方角!」
「了解だ!」
住居の屋上を走り、跳んで進んだ末に、オライオンが川べりに降り立つ。等間隔に並んだ街灯が、ふいに明かりを消した。街灯の表面が砕ける音。退路が読まれている。
オライオンが唐突にハルキを後方へ投げる。受け身を取って転がり、顔を起こした眼前で爆発が発生。風圧で前髪が吹き飛び、クーとデターが消失。
直前に右へ跳んでいたオライオンは無事。だが、足から腰に掛けて巨大な氷が覆っていた。爆発と氷のふたつの魔法を扱う者など、そんなにたくさんいてはたまらない。
「参ったな。酷な判断をさせたみたいだね」
空笑いが漏れる。街の暗部に足を掬われた。
漆黒の中では、敵は輪郭程度しか見えない。魔杖双剣が迫る。倒れた状態では反応ができない。せめて顔くらいは見たかったかな、とハルキは悲しく思った。
◇◆◇
この一閃で終わる。痛める間もなく首を斬って、きっとそこで終わる。
たぶん、次は立ち上がれない。足止めを追い払ったフェンに殺されておしまい。ハルキを斬って何も感じずにいられるほど、この街には染まり切れなかった。
だったらエガリゼの誘惑に乗らなければよかったのに、それでも里への想いは止められない。
――ああ、この街に来たことが間違いだった。




