二章:太陽が眩しかったから 6
翌日。昼間のケイオス市、北セクター商業区。
T3本社は、十五階建ての市の中では中規模ビルだ。周辺のオフィスビルにすっかり同化しており、どこから眺めても真っ当なビジネスを行っているようにしか見えない。
だが、T3は人身売買、麻薬密売、売春斡旋の三つの悪徳で財を成した、亜人系マフィアだ。
前面がガラス張りのロビーには、パリッとしたスーツを着た受付嬢が笑顔で訪問客を迎えている。
正面の道路から高級車がT3本社ビルのロータリーに入る。入口に着けられた車から一人の男が下りた。入念に手入れされた金髪から丸い耳が覗く。紺色に白のストライプが入った最高級の背広。胸ポケットには白のスカーフ。磨き抜かれた革靴の表面は陽光に輝いていた。背広の下から伸びる尻尾は、男の威厳を示すように芯が通って動かない。
ネズミの亜人――男は優雅な立ち振る舞いでゆったりと歩き、ロビーへと入る。受付嬢がひとり男へと歩み寄る。
「お疲れ様です、エガリゼ様」
「ええ、お疲れ様です。業務はどうですか? 変な輩に絡まれて困っていませんか?」
エガリゼがゆったりと微笑む。受付嬢が顔を赤くし、小さく首を振った。
「いえ、そのようなことはありません。みな親切にしてくれます」
「それは良かった。受付は社の顔ですから。来社する皆様へあなたの最高の笑顔を差し上げて下さい。それだけで、我々の仕事はやりやすくなります」
エガリゼが社員証をかざしてゲートを超え、幹部専用のエレベーターへ入る。受付嬢は扉が閉まるまで頭を落としていた。エレベーターの箱が上昇していき、やがて室内の液晶が十五階を表示する。
この階は幹部の執務室が集まり、一般従業員は入れない。最高級の絨毯が敷かれた廊下を進み、エガリゼは会議室へ入った。
白く清潔な会議室には、既にひとりの女性が椅子に座っていた。緋色の短い前髪に、うしろは乱雑に紐で縛ったポニーテール。額には鬼種に特徴的な短い角が二本あった。恰好は無骨な黒い外套。
女は不機嫌さを微塵も隠さずにエガリゼへ視線を注いだ。女の席に置かれたカップには、口が付けられた痕跡がない。チョコレートケーキも原形を留めている。
「お待たせしました、ペルテテー殿。甘いものはあまり好みではありませんか?」
「前置きはいいよ。いきなり呼び出したんだ、仕事の話を」
「そうですね。端的な話といきましょう」
ペルテテーの対面にエガリゼが座り、両手を組んでテーブルの上に乗せた。
「先日ノーヴェンバーが討伐されました。朝に発見された小奈落、その特別個体の呼称ですね。先遣隊がたどり着く前に討伐されたようで、正式名称が決定されるのには時間が掛かるでしょうが」
エガリゼはペルテテーの変わらない表情を見ながら続ける。
「討伐者は四名。市の報告では、内一名がかのクリスタルラインCEOの嫡男であることが判明しました。ユニオン序列一位のCEOの長男が探索者、しかも特別個体を倒せるほどの実力者とは、世は驚きに満ちていますね」
「私もSNSで見た。それで?」
「これがちょっと面倒なことになってしまいましてね。我が社、といっても人材派遣を担当するフロント企業トライブリッジですが。この斡旋先が主にルヴェインになります。ルヴェインについてはご存じで?」
はっ、とペルテテーが笑った。
「ユニオン序列二位、マナ結晶採掘の会社だろう? 最近は不祥事がバレて忙しいらしいね」
「そのルヴェインの不祥事の大事な証拠、これが先に話した小奈落の位置にあるのですよ」
「証拠?」
「死体置き場」
エガリゼはため息するように言った。
「どうやらルヴェインは、トライブリッジから斡旋された人材を違法に長時間稼働させ、事故やマナ浸蝕で亡くなった方をその死体置き場へ投げ捨てていたようです」
「それ、トライブリッジも関わってるんじゃないの? 普通トライブリッジ側から上がる情報でしょそれ。まあ、詮索はしないけど」
「トライブリッジが派遣した人材は皆さん元気に働いてらっしゃいますよ。斡旋した人的資源は分かりかねますが」
「言葉遊びだね。それで、私を呼んだ理由は? ルヴェイン社を黙らせるとかは無理だよ?」
分かっています、とエガリゼが前置きする。
「そのルヴェインからの依頼になります。先日ノーヴェンバーを討伐した匿名の三名、これを消してください」
ペルテテーの表情が一瞬無になる。エガリゼは微笑んだまま。
「報酬は二千万リル。ああ、間違ってもクリスタルラインの嫡男は殺さないように。そちらはルヴェイン社経由でクリスタルラインへ依頼がいっているようですので」
「無理だね」ペルテテーが即答する。「匿名を殺せ? しかも三人? 私は情報戦に疎いんだよ」
「ご安心を。既にマナ結晶の市場に網を張っています。いずれ売られるであろう高純度のマナ結晶の売買記録から割り出せるでしょう。人物、そして住所の特定はこちらでやりますよ」
ペルテテーが沈黙。エガリゼは苦笑する。
「ああ、三人が二人になっても構いません。その二人の資産、マナ結晶の売上についてもご自由にどうぞ。総額はそうですね、ざっと見積もって六千万は超えるのでは?」
ペルテテーは答えない。唇を噛んでいた。
「ペルテテー殿。あなたの故郷は妖精種との戦争で相当な被害を受けているのでしょう? 里の復興にはお金がかかる。そのため、一攫千金を夢見てこの街へ来た。そうでしょう?」
エガリゼが甘い誘惑を伝える。それは本当にリンゴか、はたまた毒リンゴなのか。
「短期依頼ばかりの関係ではありますが、あなたの境遇には感ずるところがあるのですよ。更に一千万追加しましょう。私を助けてはくれませんか?」
「三人を、二人って……あんた、もしかして……」
ペルテテーの消えそうな言葉を拾ったエガリゼが、満足げに微笑む。
「状況を推察すれば、それが一番あり得ると考えただけです。あなたは探索者としても優秀だ。その腕を、こんな下らない内容で喪うのは惜しい」
視線を左右に彷徨わせるペルテテーへ、エガリゼは優しく語り掛ける。
「この依頼はまだ誰にも話していません。ですが、あなたに断られるとほかの方にお願いするしかありません。私の依頼、受けてはいただけませんか?」
ペルテテーの瞳に極限の懊悩。
「常に混沌まとわりつくこの街で、狂気に落ちるのはそう難しいことではありません。ペルテテー殿、正気と狂気、生きるためにはどちらも必要なのですよ」
やがて、ペルテテーが首肯した。




