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二章:太陽が眩しかったから 5

「おかわりぃ~!」


 ペルテテーが壊れた。酔っているわけではない。煮魚を食べ始めてからどうやら彼女の中で何かが変わったらしい。


「美味しいものい~っぱい。お母ちゃんとお父ちゃんにも食べさせたいな~」


 食べる所作は美しいそれ。ただ、言動がまったく合っていない。おそらくこれが隠し込んだ素なのだろう。時折漏れてはいたが。


 オライオンは酔いが回ってきたか、フェンと魔杖装談義に花を咲かせている。最新宝珠の性能がどうの、魔力から魔法への変換効率がなんだの、とてもハルキではついていけない。


「ほらほら、ハルキも食べて。あ~ん」


 取り分けた煮魚をフォークに刺したペルテテーが、ハルキに向けてくる。たぶんこれは酔ってる。絶対酔ってないだろうけど、酔っていることにしよう。そうでなくば、あとでめんどくさいことになる。


「いただくよ、はむ」


 ふむ、これはなかなか。ペルテテーが壊れるだけの味だ。結構どころかかなり美味しい。


 フェンがちらちらとこちらを見ているが、珍しく空気を読んで何も言ってこない。雰囲気が男女のそれではなく、家族に向けたものに近しいからだろう。


「あ~眩しいな~楽しいな~」


 ペルテテーの視線が宙を舞う。きっと、ここまで穏やかな時間はあまりないのだろう。聞くならここだ。


「ペルテテーはどうして探索者に?」


 ハルキの問いに、ペルテテーは、んーと顎に指を添えた。


「鬼の里って、いま結構貧しいんだよね。妖精エルフから一方的に弾圧されて戦争仕掛けられてね。いまは停戦してるけど、主要な産業が取られたから、みんなお腹すかせてるんだ」


 梅酒のグラスがからん、と鳴った。


「私、族長の娘で里の中で一番強かったから。ここに来れば一攫千金、里を復興できるかなって。まー、来てみれば騙されるわ裏切られるわ足元見られるわで、生活するだけで大変」


 私の話はこれでおしまい、と告げてペルテテーが梅酒を口に含んだ。


「それより、あんたら二人の方が私は気になるんだけど。オライオンも私も話したんだし、あんたらの番だよ」


 気づけばオライオンもハルキを見ていた。これは逃げられそうにない。フェンに視線を投げる。彼女はグラスを片手で弄びながらひとつ頷いた。


「僕が魔法じゃなくて、マナを操るのはもう知ってるだろうけど。実は研究所の実験体だったんだ」


 は? というペルテテーの驚き。オライオンは苦い顔をしていた。


「研究所生まれの研究所育ち。投薬と脳を弄られる毎日。同じ境遇で育った仲間はみんな実験中に死んだ。で、まだ良心を保った研究員に助けられて研究所を脱走。街で野垂れ死にそうになったところをフェンに助けられたのさ」


「そうさな。実は我もあの頃里から追い出されておってのお。ちょうどよくハルキが転がっておって、どうにも境遇が似てるように思えてならなんだ」


 ハルキの話をフェンが引き継ぐ。


「我、これでも竜種でな。族長に叱られてこの姿になってしもうた。聞けばハルキもそんな有様、この街でふたり身体寄せ合って暮らしてきたという訳よ」


 あ、とフェンが続ける。


「この話は内緒だぞ? ハルキはいまも研究所に追われておるし、我がここにいるのは人類と竜種の間で結ばれた不干渉条約に抵触するでの。バレたらひどいことになりよる。知っとるのはここにいるものだけよ」


 沈黙が流れる。フェンがふぉっふぉっふぉ、と老子の笑い。


「これこれ、黙るでない。これだから我らは事情を話さんかったのだ。ま、バレてしまえばどうということもない。我の愛らしさはこの姿でもって完成したのだ!」


 はぁ、と長い息を出したペルテテーが額を抑える。


「あんたら、私にそんなこと話すんじゃないよ……。まあ、聞いたのは私なんだけど。私、この街の裏社会に片足は突っ込んでるんだから」


 この街にマフィアは多い。そのどれかと付き合いがあるということだろう。


「事情は皆それぞれだからね。別に致命的な部分だけ他所へ流さないならそれでいいさ。僕らは君らへ信頼を託した。その返事が裏切りであれなんであれ、最後に笑い合えるなら過程はなんでもいいよ」


 まああれだ、とフェンがグラスを置く。


「おぬしら、今日は帰さぬぞ! 飲んで食って遊びまくるのだ!」


 ふぁっふぁっふぁ、ともはや意味が分からないフェンの笑い声。これ、後始末めんどくさいパターンだな、とハルキは嘆息する。


 空気が戻る。緩やかで、どこか刺激的な愉快な雰囲気。


 そして――店から追い出された。


 フェンの声がうるさかったらしい。出禁にならなかっただけマシだ。罰として会計は払わせた。


「我のお財布、空っぽになっちゃった……」


 フェンが夜の街路でしょんぼりと嘆く。ペルテテーは腹を抱えて笑っている。


「うーん、飲み足りないな。フェンのお陰で」


 オライオンがにやりと口端を歪めて言う。うぅ、と喉を鳴らしたフェンがハルキの背中にしがみ付く。上着で鼻を拭おうとするのはやめてほしい。本当、切実に。


「許してくりゃれ。我も今日はたくさん反省しておる」


「良かったらうちに来なよ。防音にしてるからね。多少騒いでも構わないよ」


 ハルキは提案しつつフェンを剥がそうとするも、ぐりぐりと頭を突き出して手から逃れられる。これが誇り高き竜の末路だというのだから悲しくなる。


「本当か? 行く行く! こういう関係に憧れてたんだよ!」


 オライオンは相変わらずノリが良い。そそっと隣に立ったペルテテーが、ハルキの袖を掴む。


「……行く」


 ペルテテーは落差が激しすぎだ。


 フェンがようやく離れると、オライオンの背中に飛び込んだ。


「ほれ、オライオン号いくのだ!」


「お、よーし、飛ばすぞ!」


 オライオンがまたもフェンをおんぶしたまま駆けだす。あれはノリがいいという次元で収まるのだろうか。しかも前衛だからか、無駄に足が早い。もう姿が見えなくなっていた。


「さて、僕らも行こうか。どうぞ御手を、お姫様」


 ハルキが差し出した手をペルテテーが眺めて笑う。


「ん、苦しゅうない」


 細長い指で掴み、ペルテテーがからんころんと下駄を鳴らす。


 街の明かりで星が見えないのは、少し残念だった。

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