二章:太陽が眩しかったから 4
店に着いたハルキは自動ドアを過ぎる。市内の飲み屋は治安が悪いのが常だが、ここは店長が睨みを効かせているからか比較的安全だ。
燈色の照明が店内を照らし、落ち着いた大人の雰囲気だ。
ハルキは店員を捕まえ予約の名を告げる。既に二名が入室しているため、同じ場所を案内してもらう。
ペルテテーは飲み屋に縁がないのか、視線をあちこちに飛ばし、ハルキの手を強く握ったままだ。
店員に促されるままに個室に入る。フェンとオライオンは既に一杯目を空けていた。
「ぬしらよ、遅かったの」
「君らが全力疾走するからだよ」
「おや、手を繋いでるとは、やるなあハルキ」
オライオンの冷やかしに、うるさいねぇ、と呟いたペルテテーの体温が手のひらから消える。
ハルキはペルテテーを誘って空いた席に座る。前方には既に赤ら顔のフェンと、顔にまったく出ていないオライオンだ。
「ほれ、なにか頼むと良い。一番酒は勝者である我らが勝ち取ったり」
「そんなことに興味はないよ」
ひらりとかわしたペルテテーがメニューを取ってテーブルに広げる。
「何を飲むんだい?」
「ん、梅酒かな。里ではよく飲んでたんだ。ハルキは?」
鬼種は体質柄かアルコールに強いという。里の風習で幼少時から飲んでいたのかもしれない。
「僕はあいにくとアルコールが苦手でね。ドリンクにするよ」
「ん、苦手な人は結構いるからね。それに、ハルキが潰れたら収集が付かなくなりそうだし……」
確かに、ブレーキ役がいなくなったフェンとオライオンは何をしでかすか分からない。今日は絶対に飲むまい、とハルキは心に誓った。
店員を呼んで注文をする。フェンもオライオンも追加でアルコールを注文した。すぐにやってきた店員が四人へ注文の品を配っていく。
これでようやく全員が揃った。
「さて、では――」
ハルキが折角音頭を取ろうとしたところで、フェンが酒杯を掲げて遮る。
「酒じゃー! 飲めや食らえや!」
まだ酒しかないのだから食べられないだろう、というツッコミは野暮だろう。フェンとの付き合いでは諦めが肝心だ。既にオライオンは酒杯を傾けているし、ペルテテーはちみちみと口をつけていた。
「なにか頼もう。ここのは何でも美味しいんだ。極東の料理もあるから、ペルテテーの口にも合うはずだよ」
「俺はなんでも行けるくちだ!」オライオンが謎の宣言。
「うん、そうだろうと思ったよ。色々頼もうか」
ハルキはメニューをテーブルに滑らせる。ぺらぺらと開いていたペルテテーが、突如食い入るようにページを見始めた。
「煮魚ある! お母ちゃんの煮魚美味しかったなあ……!」
なにやらペルテテーのテンションが上がって口調が変わっているが、指摘するのはやめておこう。
メニュー決めにフェンが加わり、女性陣がやんややんやと騒ぎ出す。オライオンは時折口出しをして楽しそうだが、どうもタイミングを探している様子だ。
そういえば、とハルキは話題を引っ張り出す。
「オライオンの魔杖剣って汎用のやつだよね。なんだっけ?」
「ん、ああ、クリスタルラインⅣだな。汎用品の割に使い勝手が良くてな。軍の近接武器に採用されてるだけはある」
魔杖装の話題になればフェンが黙っているはずがない。
「我が魔杖棍たる青竜三爪を――」
「ここで出さないでね。出禁になるから。ほんと、やめてね?」
ハルキは腰から引っ張り出そうとしたフェンの機先を制す。
うにゅー、とフェンが腰に回した手をしぶしぶと戻す。店員を呼んだペルテテーがここぞとばかりに煮魚を頼む。ハルキも全員が摘まめそうなものをいくつかお願いしておいた。
オライオンがぽりぽりと頭をかく。
「まあ、なんだ……もうバレてると思うが、クリスタルラインCEOの長男なんだ俺」
「御曹司って奴だね。それってなにか問題なわけ?」
こてん、と首を傾けたペルテテーの疑問。
「確かに、別に問題はないというか……ないよな?」
オライオンがなぜかハルキに聞く。
「無いんじゃないかな。ユニオン企業の嫡男が探索者やってるっていうのは、親からすれば心配するだろうけど。別に法に触れてるわけじゃないし」
店員がやってきて、バゲットに生ハム、クリームチーズなどを広げていく。フェンが鼻歌を歌いながらバゲットにあれこれ乗せて頬張っている。
「なんで探索者やってんの? お金には困ってないだろうに」
慣れてきたのか、ペルテテーが梅酒をぐいっと飲んだ。オライオンはなぜか恥ずかしそうに頬をかく。
「……正義の味方に憧れてたんだ。奈落の化物を倒して、これ以上奈落を広げないようにしたいってな」
あんぐりと口を開けたペルテテーが、んふふ、と笑う。
「あんた、男の子だねえ」
店員を呼んで酒杯の替えを頼んだオライオンが、ふっきれた顔で答える。
「こんな生い立ちだからさ。必然的にユニオンの連中が何やってるか聞いたり見たりするんだよ。あいつら、最悪だろ? しかもその最悪の頂点集団にうちがいると来た。ぶち壊したいけど難しいし、俺一人がなにができるかっていったら、せめて不正をしないで人を助ける仕事をしたいって思ったんだよ」
「それで探索者か。オライオンも茨の道を選んだね」
ハルキの言葉にオライオンがうんうんと何度も首を縦に振る。
「ホントな、最初の頃は何度死にかけたことやら。本名で行けば何かと突っかかられることも多かったし、結局こうして偽名で活動してるってわけ」
「でも、市の報告で本名を出したんだ。何かしら思うところはあったんじゃないかな?」
「鋭いなハルキ。小奈落のあれがあって、さすがにユニオンに嫌気がさしてな。ルヴェインが採掘したマナ結晶の納入先はうちなんだよ。だから、あれは間接的であれうちも関わってるようなもんだ。だから――家と決別することにした」
重い決断だ。だが、これをこの場で口にしたことに、オライオンの信頼が見てとれた。こうなってしまえば、ハルキの答えなどひとつしかない。
「いいね。オライオンらしい。追いかけるのが夢なら、現実にしてしまえばいいんだ」
「いいこというなハルキ!」
まったく柄にもなく緊張したぜ、とオライオンが酒杯を一気に煽った。
「ふむ、それでぬしは小奈落へひとりで挑み、特殊個体に一発もらって記憶喪失になって我らに救出されたというわけか」
「えー、いまそれ言う?」
オライオンが笑いながらフェンを小突く。どんなときでも引っ掻き回す癖はここでも健在らしい。台無しだ。
店員が頼んだ品を大量に持ってくる。ペルテテーの表情がほころんだ。
「にっざかな、にっざかな~」
フォークを握ったペルテテーが歌いながら魚に手を付け始める。
宴はまだ始まったばかり。




