二章:太陽が眩しかったから 3
警察署を出ると、街は夜の装いとなっていた。フェン担当の警察官に三時間あまりこってり絞られたからだ。毎月電柱を壊せば警官だって怒りはするし、担当だってできる。
ハルキはなぜか保護者としての責任を追及され、平身低頭謝り続けるしかなかった。お陰で腰が痛くてたまらない。今回ばかりはお愛想も効果が無かったか、フェンも徹底的に叱られていた。
最初こそフェンは「電柱が脆いのが悪い」と尊大とした態度で臨んでいたが、こんこんと電柱の有難みを教えられ、こめかみに拳でぐりぐりされた末に、「我は悪い子です。今日からいい子になります」と涙ぐんでいた。さすが、五人の子供を育てている警察官だけあって、悪ガキへの対処は完璧だった。
「我、もう電柱壊さない……。電柱って人々の生活を守っておったんだの……。映画が見られなくなるのは困る。我なら発狂する。停電怖い」
この街に来て初めて本気のお説教を受けたのが効いたのだろう。フェンはすっかりしょんぼりと顔を落としている。その心がいつまでも保ってくれるよう、ハルキは祈るばかりだ。
夜の街路をふたりで歩く。目的地は駅前だ。警察署で思いのほか時間が掛かってしまったため、ハルキは早歩きで進んでいく。もう反省は終わったのか、フェンも器用に人をかき分けて後ろについている。
ようやくたどり着くと、駅前の巨大なスクリーンがアルゴリズムダンスグループのCMを流し始める。メジャーを目指していそうなバンドが音楽を轟かせ、人々の喧騒が大気を震わせる。サラリーマンも、探索者も、様々な人種も入り混じり、混沌の坩堝となって駅前を賑わせていた。
ハルキは視線を巡らせ、目的の人物を探す。階段の脇に並ぶベンチの一番端っこに、緋色の髪が見えた。記憶では乱雑に纏められていたそれは、今日は艶があって街灯の明かりを反射していた。装いは無骨な外套姿ではなく、花びらを散らした白の着物。極東と鬼種の民族衣装だ。こうして見れば華やかな鬼種の女性ではある。しかし、羽織の下に隠しているであろう魔杖双剣を考えれば、たぶん実際は物騒だ。こんなことを考えている自分は、かなりこの街に染まっているのだろう。
「お、ペルテテーよ! 今日は着飾ったのお~。まあ、我のカンフー服には敵わないが、良い着物よ」
さすがの視力でペルテテーを見つけたフェンが、とたたたた、と小走りで近づいていく。
「いや、その、別に着飾っては……。余所行きの服がこれしかないだけだよ……」
困った顔で自分のあちこちを見回すペルテテーを見て、フェンが口元に手を当ててムフフと気色悪く笑う。見た目が童女の癖に仕草がおばさん臭い。
「まさかまさか、おやおやまあまあ。なに、ペルテテーよ。悪いようにはせん。ハルキ、どうよペルテテーは」
遅れてたどり着いたハルキは、ペルテテーを改めて眺めてから言った。
「うん、服装の話ならとても似合っていると思うよ。昨日は頼もしく思えたけど、今日は無垢なお姫さまのように見えるね。すごく綺麗だ」
「な、ば、はっ……!」
目を剥いたペルテテーが右手を頭の後ろへもっていき、フードが無いことに気づいたか小さく唸って顔を逸らした。人との会話に慣れていないと言っていたから、こういった切り口はもしかしたら苦手なのかもしれない。
「ああ、ごめん。気を悪くしたのなら謝るよ」
「そんなことない……だいじょぶ。ありがと……」
顔を戻したペルテテーが、朱色を引いた唇を緩めた。頬には淡いピンクの化粧。こうしてまっすぐと見れば、お人形さんみたいだ。
「昨日はゆっくり休めたかい? あと、足首に問題があれば言ってほしい」
「ん、両方とも問題ないよ。あんたらは?」
「昼まで睡眠をじっくり楽しんだうえで、フェンをゲームでボコって警察署でお説教だよ」
「どうなってんのさそれ……」
ペルテテーの緩い呆れ顔。
「どうやら僕が寝ている隙に、フェンが夜中にカンフーの必殺技を試したらしくてね。電柱が一本犠牲になったんだ。で、警察署へ報告に行って、こってり絞られてきたのさ」
「この子、ほんとに人族なの……?」
「おっと、その回答は僕からは差し控えさせてもらうよ」
ペルテテーに見られたフェンが口の両端を吊り上げ、口元に立てた指を添える。
「ベールの奥に秘密を宿した大人の淑女は魅力的に見えるものよ」
「あんた見た目子どもじゃん」
「あ、うん……」
真面目に言われたフェンが素直に頷く。たしかに童女である。普段の振る舞いも淑女のそれではない。
「それに公共物は壊しちゃだめだよ。みんなに迷惑が掛かるよ? あんたそんな悪い子じゃないでしょ? めっ、だよ」
「ぬぅ……ご、ごめんなさい……。ぬしよ、なぜだかペルテテーには勝てぬ!」
フェンがハルキの後ろに隠れ、うおーん、と本日三度目の号泣。
ハルキとしては溜飲が下がる思いだ。この調子でフェンを叱る人物が増えてほしい。
「ありがとうペルテテー。君は僕の心の恩人だ」
「まったく意味が分からないんだけど……」
ハルキの心からの感謝はどうやらペルテテーには届かなかったらしい。きっとこんなにも困った相棒を持つ人はそうそういないのだろう。
袖口を抑えてしゃがんだペルテテーが、懐かしいものを眺める優しい目でフェンを見る。
「奈落じゃあんなに強かったのに、面白いね、あんたの相棒。可愛らしいし」
「その調子でもっと褒めてくりゃれ?」
「……台無しだね」
ばっさりだ。フェンには厳しいらしい。ハルキは胃の底から湧き上がる笑いが抑えられなくなって吹き出した。
「いいね、フェンの頭を押さえつけてくれる人を探してたんだ。今度一緒に潜るときも頼んだよ」
「私に子守りを押し付けられてもねぇ……」
ペルテテーがひとつ頬をかいて、思わず見惚れる美しい所作で立ち上がる。うぅ、とフェンが抗議するように唸った。
「オライオンよ、早く来ておくれ。我はいま壮絶ないじめを受けておる」
駅前の時計台が電子音を鳴らす。同時、赤毛の男が駅からまろびでてきた。こちらの姿を見つけたオライオンが、大きく手を振りながら小走りに寄ってくる。
「悪い、ギリギリになった。家とすったもんだしたせいで時間が掛かった!」
「やあ、オライオン。呼び方はこのままでいいのかい?」
「それで頼む。色々聞きたいことはあるだろうから、あとで話す」
ん、とオライオンが背後を見るが、見間違えたのか首を傾げる。
その隙に、ていっ、と動いたフェンがオライオンに背面から飛び掛かってしがみ付いた。
「よう来たオライオン。こやつらが我をいじめるのだ。だからおんぶしてくりゃれ」
「お? ハルキとペルテテーをひとりで相手取るとはピンチだな、よしきた!」
はっはっは、と笑ったオライオンがフェンの足に腕を回した。前衛の二人は無駄にノリが良い。
予約した店の方角へフェンが腕を突き出してびしっと指差す。
「良し、行くのだオライオンよ! 我らの酒が待っておるぞ! 一番酒を我らが手中に収めよ!」
うおおおお、と叫びながら猛烈な勢いでオライオンが走っていく。フェンは「いやっふー!」と楽しそうだ。周囲の人が一瞬ふたりを見るが、すぐに興味を失って雑踏に混じっていく。この街ではこの程度のことで奇異の視線は向けられない。着流し姿の狼のベスティアだけが残念な目で見ていた。
「どうすんの? あのふたり行っちゃったんだけど……」
「まあ、僕らはのんびり行こうか」
どうぞお姫さま、とハルキは手を差し出す。ペルテテーが半眼になった。
「あんた、それ素なの? それともすけこましなの?」
「紳士といってほしいな。その恰好じゃ人ごみを歩くのは大変じゃないのかい?」
ペルテテーが履いているのは二本歯の下駄だ。少なくとも、ハルキは同じものを履いて駅前をまともに歩ける気はしない。
「里で慣れてるから大丈夫だけど……まあ、好意には甘えとくよ」
目元を伏せたペルテテーが指先をのせる。それを緩くつかんでハルキは歩き出した。




