二章:太陽が眩しかったから 2
リビングに充満する甘い香り。フェンのうっとりとした声が響く。
「ぬしよ、まだか……?」
「まだだ。まだだめだ」
「のう、もう辛抱たまらんのだ。早くいかせてくりゃれ」
「待つんだ。あと少し、あともう少し!」
「ぬしよ、早く、早くしておくれ」
フェンの熱い吐息。柔い白の表面にじんわりと液体が滲み始める。
「いけ!」
「ひゃっはー!」
フェンが高級アイスのカップにスプーンを潜り込ませ、一口を頬張る。
「んんん! んまい! んまいぞぬしよ! これぞ高級の味!」
「だから言ったろう? このアイスはちょっと溶かしてから食べた方が格別なんだ」
アイスを掬ったスプーンを口に含みながら、フェンが幸せな感覚に身体を震わせていた。
「なんという味覚の暴力! 甘すぎず、大人の舌を満足させる濃厚な味わい。されどエッセンスの効いたかぐわしい匂い。これが我の口に、二カップも……!」
「一個五百リルもしたんだ。しかも二個、二個だよ? ちゃんと味わって食べてね」
「分かっておる。ケチんぼなハルキが大枚をはたいたのだ。ゆっくりと堪能させてもらおうぞ」
三口目を食べたフェンは身体を揺すりながら、それこそ至高の時間だと言わんばかりに表情をとろけさせている。
結局フェンの分も買わされたハルキとしては悪い気分はしない。自分の財布から出していなければもっと良いのだが。まさか店の中で床に転がって駄々をこねられるとは思わなかったのだ。こればかりは彼女の身体の小ささを全力で呪った。
ハルキも高級アイスで舌を喜ばせていたところで、フェンは思い出したように口を開いた。
「のう、ぬしよ。店は決めたのかの?」
「ん? ああ、祝勝会の件かい? いつもの場所でいいんじゃないかな。あそこ以外だとフェン、お酒飲めないだろう?」
「うむ、あそこ以外は見た目で未成年扱いされてしまう。この姿の欠点のひとつよの」
「利点を散々活用しておいてよく言うよ」
ふいに、フェンがじとーっとしたジト目でハルキを見た。
「ぬしよ、最近そこはかとなく感じていたのだが。我を見た目通りの童女扱いしておらんか?」
「日頃の行動を振り返ってみるといいよ。僕の対応がどれだけ寛大かよく分かるはずだから」
「今週はまだ電柱は壊しておらんぞ?」
「人類ではそれが普通なんだ。よく覚えておいて」
「ハルキを心躍る冒険へ誘い、困難を打ち砕く助力をしたであろう?」
「原因を思い返してごらん。窮地に追いやられなきゃ小奈落なんて早々潜らないよ」
「まて、ほれ、昨日帰りがけにいい感じのことを言ったぞ!」
「それをいま掘り返さなければ満点だったね」
「あれ、我、もしかして尊敬されてない……?」
スプーンを持ったままフェンの視線が虚空をぐるぐる回る。
おっと、これは癇癪を起こす二歩手前だ。ここで対応を間違えると、しばらく泣きわめくわ高い嗜好品を要求するわで面倒なことになる。折角借金問題が片付いたというのに、新たな問題を発生させるわけにはいかない。
こほん、とハルキは真面目な顔をしてフェンを見つめた。
「フェン、僕はいつも君に感謝してるよ。立ち止まり癖のある僕をいつも導いてくれる。賢人な君にはいつも助けられているよ」
一瞬ぽかん、と口を開いたフェンが、にんまりと口元を緩め始めた。
「ふ、ふふん! 分かれば良いのだ。やっぱハルキにはまだ我が必要なようだの! あー我、年長者しとるのー」
――チョロいな。
これでフェンは機嫌が直り、ハルキは平和を享受する。我ながら恐るべき手練手管である。
「あ、ハルキよ。いま思い出したのだが、昨日の夜、唐突に必殺技を思いついての。ちょっと試したくて近場の電柱に食らわせてみての。そしたら折れた。あとで一緒に警察にいっておくれ」
額がピキった。
「二個目のアイスは没収」
「そんな無体な! うお~ん!」
フェンがガン泣きする。ハルキは無視してアイスを食べ続けた。




