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序章:人でなしの街は住みにくい 1

「つまらぬ」


 車内の静寂を破ったのは、助手席の童女だ。


 蒼穹にうっそうと生い茂る雲の群れ、視界の下半分を覆うのは茶色の荒野。右手には、いつからか現れた白い霧に覆われた巨大な半球。どこを見てもたいして愉快ではない、ありふれた光景だった。


 街に着くまでには雨に降られそうだな、とハルキは思った。


「つまらぬ」


 ふたたび、童女が言った。先ほどより少し強い声だ。


 ハルキはため息して、童女を横目で見た。十二歳程度に見える彼女は、肩口で二つに結んだ髪を右手で弄っている。竜の刺繍が施されたパステルグリーンのカンフー服は、少し趣味が悪い。


「のう、ぬしよ。我は退屈しておる。毎日探索に採掘、探索に採掘、その繰り返しよ。もっとこう、捻りがほしい。人生には彩りが必要とは思わないか?」


 幼い容貌からは想像できない、まるで老人のような言い回しだ。いまとなっては慣れたが、初めて出会った頃のハルキは随分驚いたものだ。


「フェン、僕は平凡な人生を歩みたいんだ。君のように毎日カンフー映画を見て、夜な夜な外でカンフーの練習をして、ものを壊しては賠償金を払うような生活は送りたくないんだ」


 フェンの短い眉が上がる。


「電柱一本程度でなにを言うのやら。金は稼ぎ、そして使う。それが経済ではないか」


「電柱って意外と高いんだよ」


 やれやれ、とフェンがちょこんと肩をすくめた。


「ぬしは男だろう。それくらいの甲斐性はあっても良いと思うのだ。女は男にそういった包容力を求めているのだよ」


「男性は女性に、月に一回も公共物を破壊することを求めてはいないと思うんだ」


「おっと、なにか曲を聞きたい気分よ。ラジオの電波くらい来ておろう?」


 話をするりとすり替えたフェンが、カーラジオのボタンを弄る。ノイズと共にアナウンサーの声が耳に届く。


「――ルヴェイン社訴訟問題についてです。奈落ならく内でのマナ採掘事業にて、労働者を違法に長時間働かせ、相次いで派遣従業員が死亡したとして、従業員遺族側が弁護団を発足したとのことで、記者会見が開かれております」


 ノイズ。フェンがチャンネルを変えはじめる。


「消費者や従業員を食い物にする企業に、賠償金狙いの弁護士共による企業訴訟。マフィア共は人身売買に麻薬密売、売春斡旋とケイオス市は相変わらずよ。が、いつもと変わらん」


「そのケイオス市に僕らは住んでいるんだ。足元を掬われないようにしないとね」


「然り。女は賢人を好むという。ハルキよ、ぬしもガールフレンドのひとりでも作ってはどうか? おっと、これこれ」


 音楽番組を見つけたフェンがにんまりと笑った。スピーカーからは女性ラッパーの歌が流れ始める。無駄に活舌が良いのに、妙に耳に引っかかる変な歌詞だ。


「ディアナの曲は良い。絶妙な韻と前衛的なラップは、聴いていて高揚するな。あげあげ、というやつだ」


 アクセルをべた踏みしたくなるアップテンポの曲にフェンは満足げだ。代わり映えのしない道の運転に飽きていたハルキも、退屈が紛れて丁度よかった。


 ふいに、ご機嫌なフェンが助手席の窓を開く。ひんやりとした風が車内に入り込む。彼女は窓の外、車の後方を眺めていた。


「ぬしよ、どうやらお客さんのようだ」


 一拍遅れて、ハルキもバックミラーを覗く。後方に砂を巻き上げて爆走する五台の車の姿があった。先頭を走る一台の窓から、ガラの悪そうな輩どもが銃器を覗かせている。間違いなく盗賊団だ。


「わざわざ辺境地を選んで来たのに、相変わらずここは物騒だね」


「なに、これが彩りというものよ。ぬしの拳銃を借りるぞ。どうにも素手で魔法を使うのは性に合わん」


 助手席のダッシュボードからフェンが拳銃を取り出す。


「頼むから壊さないでね。毎回新しく買い替えるのは結構財布に響くんだ」


「なに、善処しよう。我に任せておけ」


「一発目は撃たせるんだよ? そうでないと正当防衛が成り立たない」


 言った瞬間、盗賊団のひとりが威嚇のためか銃を撃った。あたりはしなかったが、さすがに肝が冷える一瞬だ。


「どうやらお客さんは戦闘をご所望のようよ。ご期待に応えるとしよう」


 不敵な笑みと共に、フェンが軽業師のように窓から抜けて車の上に立つ。


 後方の盗賊団がざわめいた。走行中の車の上に童女が立っていれば誰だって驚く。


「おいおい、ありゃガキだぞ!」


「舐め腐りやがって!」


「てめえら行くぞ!」


 盗賊団の怒号がハルキの車まで届く。車上のフェンは、不敵な笑みを浮かべると、ちょあーと言いながら拳銃を握る右手を前に出すカンフーの構えを取った。


「さて諸君。我との戦場へようこそ! 我の新技を受けていくがよい! 必殺――ふむ、名前が思いつかん。ハルキよ、なにかないか?」


「いいから早くして!」


 ハルキが叫ぶと、うむ、とフェンが頷いた。


「そら、まずは一発目よ」


 フェンの楽しそうな一声と共に、先頭の車が前面をひしゃげさせ、派手に宙を舞った。


「うーむ、派手さに欠ける。五点だな」


「おま、それは何点満点だ!」盗賊団の叫び。


「十点よ。満点を取れるよう努力せよ」


 フェンの攻撃に警戒したか、残り四台の車が扇状に散らばる。


「ぬしら、隊列を変えるとは案外賢いな。ほれ、二発目」


 フェンが引き金を引く。左側の車が一台目と同様に空中回転。


「うおおおお回ってるうう⁉」


 盗賊団の悲鳴が轟く。二台目が一回転して地面に着地。前面はぐちゃぐちゃだが、なぜか奇跡的に走行を続けている。


「なんと! 着地が美しい! 七点!」


「ふざけんなクソガキィィ!」


 盗賊団の怒りのボルテージが上がる。


 ふぉっふぉっふぉ、とカンフー映画の老子のように笑うフェンにハルキは釘を刺す。


「フェン、お願いだから遊ぶのはやめてくれないかな。相手は盗賊団だよ?」


「なあに、楽しく戦争しておるだけよ。ふむ?」


 フェンの瞳に歓喜の色。中央に位置する車から、棒状の何かが突き出された。


「RPG⁉ フェン!」


「面白いものを持っておるではないか!」


「喜んでる場合か!」


 ハルキの心臓が跳ね上がる。盗賊団の男が肩にランチャーを担ぎ、こちらに照準を合わせる。


「なに、慌てるでない。撃たせておけ」


「フェン!」


「我を信じよ。ハンドルはそのままにな」


 ハルキは喉を鳴らすと、恐怖を殺して腕を固定した。盗賊団が引き金を絞る。爆音と共に、弾頭が発射。猛烈な速度で飛来する。


「ろけっとらんちゃあ如きで我の障壁を貫けるかな?」


 車へ着弾寸前、一メートルほど後方で弾頭がぴたりと止まっていた。まるで見えない壁に鼻面を押し付けられた猪のように、必死に進もうともがいている。


「おほ、これは面白い。ぬしよ見よ! ろけっとらんちゃあが空中で止まっておる、止まっておるぞ!」


「見てる! 見てるからなんとかして!」


「よしきた、ほれ、お返ししよう」


 フェンが引き金を引く。弾頭がくるりと向きを変え、発射元へと戻っていく。


「え、ちょ、待って待って待って戻ってくりゅうううう!」


 盗賊団が泣きながら車から飛び降りる。直後、車のすぐ脇で弾頭が爆発。車が派手に横転し、砂埃を巻き上げる。


 残り三台。


「よきかなよきかな、九点だ! ほれほれ、あと一点よ。きりきり踊れい!」


 残った盗賊団が白旗を振っている。正確には、白いシャツを棒に結んで振っていた。車で追ってくるくらいならさっさと戻って仲間を助ければよいのに、律儀なことである。


「降参か。ではふぃなあれと行こうぞ」


「まだやるの⁉」


 ハルキの制止も虚しく、フェンが拳銃の引き金を引いた。破裂音と共に、残った全台が同時に前転。綺麗に揃って宙を舞い、屋根から地面に激突した。


「なんと! すばらしきシンクロ! ぬしらには十点満点をあげようぞ!」


 残念ながら盗賊団から返事はなかった。


 フェンが助手席に戻る。顔は満足げ。右手に握られた拳銃は、よく見なくても銃口部分が綺麗さっぱり無くなっていた。今日の収支を計算し、ハルキは早速頭が痛くなった。


「他愛なし。久々の戦争は楽しいな」


「今日は赤字か……」


 街までまだ遠い。フロントガラスに雨滴がぽつぽつと現れる。にわか雨だった。



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