#28:令嬢の想い
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【前話のあらすじ:ついに、グレイとリードを討ち、ファビウス家を滅亡させたルーク。しかし、ルークの胸中には、複雑な心境が渦巻いていた...】
東の空が白み始め、夜の重たい沈黙が徐々に朝の冷ややかな空気へと溶け出していく。
ルークは闇魔法(極級)『漆黒瞬遷』を発動させる。
亜空間魔法を使ってもよかったが、食糧やアイテムを入れている場所に、死体を入れるのはなんだか気味が悪かった。
ルークのそばの円陣から黒い靄が溢れ出し、生き物のような律動を刻みながらリードの遺体を足先から飲み込んでいく。
ルークは、リードが吸い込まれると、自身の魔力や血痕を隠蔽(極級)で隠蔽した。
グレイ、ディラン、プルーも同じように処理した。
ルークは、処理が完了すると、一人、彷徨いの森へと向かった。
無論、死体をそこに捨てるためである。
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結局、ルークがルーファウス邸に帰ってきたのは、明朝3時頃になっていた。
――「迷い続けてこそ人なのだ」。
その言葉は、ルークがこれまで積み上げてきた合理性と氷のような冷徹な計算を、根底から揺さぶるような響きを持っていた。
もし、迷うことが人間であることの証左なのだとしたら、今、この瞬間に胸を去来する説明のつかない焦燥感や、指先に残る微かな震えこそが、自分に残されたわずかな「人間性」だというのだろうか。
「下らない.....そんなもののために、俺はここまで歩んできたわけではない。迷いは弱さだ。そして弱さは、護るべきものを失う要因となる。俺に迷う権利など、最初から与えられていないのだ」
ルークはフッと、夜の残滓を払うような自嘲の笑みをこぼした。
心の底ではわかっていた。迷いは時に弱さとなるのは事実。されど、時に強さとなるのもまた事実。
迷って選択を焦るくらいなら、迷いながら進めばいい。後先を考えずに、今をどうするか、それだけを考えてはどうか?
そう、グレイは言ったのだ。
そして、今、考えるべきは、如何にしてアリスから自由を得るかということだった。
ロゼリアに会うためだった。
ロゼリアはラピス家の次女であり、家督争いに巻き込まれていることをルークは知っていた。
そのロゼリアから「今日」とだけ伝言が来たのだ。
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ルークはアリスの部屋の前まで来ると、軽く戸を叩く。
「入っていいわよ」アリスの淡々とした声が響く。
ルークがアリスの寝所へと足を踏み入れたとき、そこに昨日までのアリスの姿はなかった。 部屋にはまだ、夜の帳を惜しむような薄暗さが漂っていたが、アリスは、机に向かっていた。
背筋を凛と伸ばして、何かを呟いている。魔法書を読んでいるようだった。
豪奢な天蓋付きベッドは、そのままになっていた。
アリスは一睡もしていないようだった。
窓から差し込む、微かな朝の光が、彼女の銀色の髪を鈍く輝かせていた。
「……何用かしら、ルーク。私は見ての通り、忙しいの。要件は手短に済ませて頂戴」
アリスの態度にルークは少し驚いていた。落ち込んでいると思っていたわけではないが、それでも、随分、冷たい物言いをしたと思っていたからだ。
アリスが黙っているルークを一瞥すると、挑発するように言った。
「夜風は、貴方の心を少しは冷やしてくれたかしら? それとも、さらに激しく、その奥にある『何か』を燃え上がらせてしまったかしら?」
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彼女は一晩中、ルークが語った「おとぎ話」の意味を反芻していた。
ルークは言わなかったが、アリスにはわかっていた。
おとぎ話の騎士は、実力を隠していると。
きっと、実力を隠しているのは、今まで彼が多くのものを奪われてきた結果なのだと思った。
昔からそうだった。皆、本当の私を見ないうえに、本当の自分を見せてこなかった。
偽りの者同士の馴れ合い。
きっと、ルークもその質なのだと、昨晩、思った。
なぜ、ルーク・グランジニアスという男が、実力を隠し、嘲笑の対象たる「無能の四男」を演じてまで自分の側にいるのか。
彼が何を恐れ、何を護ろうとしているのか。
その答えはわからなかった。
それを判断するには、あまりにも自分はルークを突き放しすぎたし、自分の心を偽り過ぎた。
だから、昨晩、ルークのたとえ話を聞いて、はっきりと自覚させられた。
私はこの人が好きなんだ。ルークのことが好きなんだ。
それが痛いほどわかった。
ルークのたとえ話は、自分の心を破壊するのに十分すぎる威力を持っていた。
泣きそうになった。叫びそうになった。
自分は、ルークとは結ばれない。それが真実であり、変わりようのない運命だとわかった。
きっと、私は利用されているだけ。
ルークは私自身を求めているのではなく、私の価値を求めている、それが身に染みて理解できた。
でも、それでも、諦められなかった。
期待しすぎたからかもしれない。ルークは今までの人たちとは違うと。
ルークに認められたかった。ルークに自分を好きでいてほしかった。
部屋に籠って、ただ机に突っ伏した。
何もかも忘れたかった。
鳥が夜空を飛んでいた。
優雅でもなかったし、速いわけでもなかった。けれど、懸命に羽をはばたかせているように見えた。
なんだか、自分がクヨクヨしていたのが情けなくなった。
(私はアリス・ルーファウスよ........!ルークを国相手に護れない程度の力で、ルークの心を掴もうなんて、図々しいにも程があるわ.....。私は強くなる.....!彼が、彼であることを許される世界を、私の手で創ってみせるわ.....!それを手に入れるまでは、私は告白しないわ....!それは甘えに過ぎないもの.......ルーク、見てなさい!その時は、きっと、貴方も貴方の背負っているものも、すべて、手に入れて見せるわ!)
彼女はいわば「天才」だった。
彼女は生まれた時から、なんでもできた。才能があった。
周囲は、自分の才能の前に、匙を投げた。
「お嬢様は勉強する必要はありません」皆が口を揃えて言った。
でも、それでは、目的を達することはできないと悟った。
まずは魔法ね。誰も教えてくれないのだもの。自分でやり遂げてみせるわ....!
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ルークは魔法書に目を走らせるアリスにおずおずと言った。
「……アリス様。実は、三日の休暇を頂きたいのですが……」
ルークは、いつもの「怯える四男」としての仮面を半分被り、卑屈な微笑を浮かべながら様子を伺うように切り出した。
身体をわずかに丸め、視線を泳がせ、無害な存在であることを全身で演出する。
アリスはその言葉を、春の陽だまりのような、それでいて冬の氷原のような静謐さを湛えた微笑みで遮った。
「ええ、分かっているわ、ルーク。それと、私の前では、無理に演技をしなくてもいいわ。…勿論、したいなら、してもいいわ…上下関係は崩さないでほしいものだけど....まあ...貴方の望む三日間の自由は認めるわ……ちゃんと戻ってくれば、文句はないわ....監視の者も手を引かせるわ....」
そう言うと、アリスは机の上に置かれた、王家の紋章が刻まれた数枚の羊皮紙を指し示した。
「父上を通じて、陛下に、貴方を私の個人的な特使として、王都の外へ緊急の使いに出すと伝えてあるわ。内容については『私の個人的な趣味に関する秘密の蒐集』。父上は私の我儘には慣れていらっしゃるから、深く追及はしてこないわ。公的な書状も、私の印章をもって既に作成済みよ。グランジニアス家の方にも、私から正式な伝令を送らせたわ。休暇ではなく、王女の命による公務としてね」
アリスの声には、迷いがなかった。
彼女は自らの手で、ルークが自由に動くための完璧な舞台を構築したのだ。
「だから、今後三日間、誰も貴方の不在を不審には思わないし、王国の騎士も、公爵家の密偵も、貴方を追うことは決してないわ。貴方は、完璧な『透明な存在』として、望む場所へ行き、望むことを成し遂げられるはずよ、これで満足かしら?」
ルークは、わずかに眉を動かした。
アリスの善意の裏に隠された真意が掴めなかった。
「アリス様の差配に感謝いたします……そ...その....これほどまでにしていただく理由が、私には分かりかねるのですが.....」
「理由? ……ふふ、そうね。……私から貴方への先行投資だと思っておきなさい。貴方が戦うように、私はここで、私自身との戦いを始めるわ。私はもう、今までの私じゃないわ」
アリスは少し、間を開けると、ルークに告げた。
「他意はないわ……貴方は、貴方の信じる道を行きなさい。……私の中では、貴方は永遠に「無能」よ.....」
ルークは、言葉を失い、ただ深々と頭を下げた。
部屋を出ようとするルークに、アリスが短く、言葉をかけた。
「自由だからといって、あまり調子に乗らないでほしいものね.....それと....そう、一応、女と会うときは私に報告してくれるかしら?」
「あ...あの...アリス様、それはどういう意味で...??」
ルークがそう言い終わるか終わらないかのうちに、アリスが風魔法を飛ばしてくる。
「どわっぁぁぁ...!」ルークは扉を突き破って、壁に激突する。
扉は、ルークの特別仕様のせいか、すぐに修復された。
「貴方は私の護衛よ!立場を弁えなさい!命令できるのも質問できるのも私だけなのよ!」
アリスの声が扉の向こうから聞こえた。
(ったく...意味が分からん....ま、元のアリスに戻ったってことだな....)
ルークは立ち上がると、シンシアの部屋へゆっくりと歩き出した。
【お読みいただきありがとうございます!】
次話は、あの令嬢と....!
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「今の二言:アリス様のメンタルの強さを尊敬しながら、執筆をしていました。筆者にそこまでのメンタルはない気がします(笑)......原作から変えすぎて、もはや、原作知識が役に立っていないのではないか...と思われるルークですが、原作を知っているがゆえに、点と点が線になることも実は....それにしても、壁に激突させるのは、新手(荒手)の壁ドンなんでしょうか....??と筆者は一人で執筆しながら、爆笑してました.....粗末なネタで申し訳ない.....」
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