#25:冷酷な偽証
更新頻度が遅くて申し訳ないです.....
他作品も更新していきますので、よろしければご一読ください~
ルークは冷静に頷くと、窓の外の暗い空を背に、静かに語り始めた。
「昔あるところに、一人の三男坊がおりました。……いえ、四男坊だったかもしれませんね。……どちらでも構いません。……彼の家門は、剣を尊ぶ騎士の家系で、王都でも一、二を争うほどの大きな力を持っていました。ですが、その末息子は、生まれつき体が弱く、魔法の才も武の才もなく、世間からは『無能』だの『家門の恥』だのと蔑まれて生きていました」
ルークの言葉は、まるで銀の糸のようにアリスの耳へとゆるやかに流れ込んでいった。
「彼は、ある時、王家の令嬢の護衛の任を拝命しました。……その令嬢は、美しい容姿とは裏腹に、非常に傲慢で、尊大で、冷酷で……思い通りにならぬ者には容赦のない、残酷な噂の絶えない方でした....」
「ちょ....ちょっと待ちなさいっ! ……それは、私のことを言っているのかしら?」
アリスがソファの端を握りしめ、顔を紅潮させてルークを睨んだ。
ルークは、表情一つ変えずに、ゆっくりと首を横に振った。
「言ったはずです、アリス様....ただの、おとぎ話ですよ。…………話を続けても?」
アリスは唇を噛み、屈辱と好奇心が入り混じった表情で「……続けなさい」と短く答えた。
「彼は、いざその令嬢に仕えてみると、確かにその令嬢は気位が高く、周囲を傷つけることを厭わない冷酷な女性でした。ですが、彼は同時に噂にはない彼女の一面に気づいたのです。……その厚い氷のような傲慢さの裏側に、実は、誰よりも孤独で、誰かに自分を『道具』ではなく『一人の人間』として信じてほしいという、密やかで純粋な、そしてあまりに無垢な願いを隠しているということに....」
アリスの肩が、びくりと震えた。
ルークの言葉は、彼女が誰にも見せまいと必死に隠してきた心の「最奥」を、言い当てるかのように正確だった。
「ですが……彼は、彼女に好意を抱くことは、ただの一度もありませんでした....」
部屋の空気が、さらに一段、冷え込んだ。
アリスは、目を見開いたまま、ルークの唇から溢れる次の言葉を待とうとしているように思えた。
その表情は、今にも崩れそうなほどに脆く、寂しそうであった。
ルークに見つめられたアリスは、徐にその口を開いた。
「なぜかしら……? その少年は、彼女の心の痛みに気づいたのでしょう? ならば、どうして……。彼女が醜かったから? それとも、彼女が彼を雑に扱ったから?」
「いいえ.....」
ルークは、窓に映る自分の影を見つめながら、断定した。
「彼女が彼に何をしようと、彼が彼女を拒む理由にはなりませんでした。……彼が彼女に恋をすることを、自らに禁じた理由……それは、あまりに明白な生存戦略がゆえでした。……彼女の父親――彼は国の宰相でしたが—―娘を『愛する子供』としては見ていませんでした......彼女は王家にとっての栄華の象徴であり、他国と結びつくための、ただの美しく高価な『政略の道具』に過ぎなかったのです.....」
ルークの視線が、アリスの瞳を射抜いた。
「もし、無能とされる少年が、その令嬢と恋に落ちてしまえば……王家の怒りを買うのは火を見るより明らかでした。……王家の血筋を汚し、貴重な道具を傷つけた罪で、少年は一瞬にして消されることになるでしょう……そして何より、その少年は悟っていたのです。……自分のような『無能』には、そもそも王女を愛し、守り抜く資格も、力もないのだと。……彼は身の程を知っていた..........それだけの話です」
「……私が、父に掛け合うのは駄目なのかしら?」
アリスが、消え入るような声で呟いた。
彼女のプライドは、すでに粉々に砕け散っているようだった。
今ここにいるのは、悪役令嬢ではなく、ただの、愛に飢えた一人の少女であった。
だが、ルークはその言葉を完全に無視し、淡々と話を続けた。
「この話には余談があります......ある時、令嬢はどういうわけだか、彼のそんな秘めた思いを……そして、彼が自分を避けている理由を、ある日知ってしまいました。……そして令嬢は、自らの思いを通そうと、父である宰相に掛け合ったのです。……自分の傍に、彼をずっと置いておきたい。……彼を、正式な伴侶として認めてほしいと....」
アリスが息を呑む音が微かに聞こえた。
「結果は……残酷でした。……宰相は激怒しました。……娘が、一人の少年のために、自分の権力の一部を私物化しようとしたことに我慢がならなかったのです。……彼にとって、娘は『愛すべき娘』ではなく、自分の支配を揺るぎないものにするための『必需品』でしかなかったからです。……その日の夜、少年は殺されました。……それも、誰にも知られることなく、暗い地下室で、家畜のように処理されたのです....」
ルークは語り終えると、静かにアリスの前に立った。
「……令嬢は、その後、一生を悔恨の中で過ごしました。……自分の抱いた『愛』という名の独占欲が、世界でたった一人、自分の本当の姿を見抜いていた少年を、この世から消し去ってしまったのだと。……アリス様。……これがおとぎ話の結末です。……あまり、美しくはありませんね」
アリスは俯いたまま、動かなかった。
部屋を支配しているのは、重苦しい沈黙と、アリスの漏らす微かな、すすり泣くような吐息だけだった。
(……これでいい。……アリスに、『私をこれ以上追求すれば、貴方の父親であるベンダルの手によって、私は殺されることになる』という恐怖を植え付けた。……これからは、彼女が私を独占しようとすればするほど、彼女は自らにブレーキをかけるようになる。……私を守るために、彼女は私に干渉しなくなる。……この『矛盾』こそが、俺が彼女を支配するための鍵だ......そう、きっと、きっと....これでいいのだ....)
ルークの目は、アリスの涙を眺めながらも、心の中では冷徹に次の計算を行っていた。
――【南門に侵入者あり。個体識別:グレイ・ファビウス】
――【北門に侵入者あり。個体識別:リード】
(……役者が揃ったな。……ファビウス家の残党、四人。……彼らが王宮の奥深くまで入り込む前に、あるいは王家に『証拠』を差し出す前に、俺が全てを終わらせなければならない.....)
アリスは、しばらくして顔を上げた。
その顔は青白く、まるで魂が抜けてしまったかのようだった。
「そう……。……そうだったのね。……ルーク、貴方は……。……貴方は、私のことを、そんな風に思っていたのね.....」
アリスは立ち上がり、ふらつく足取りで扉へと向かった。
彼女は、ルークが自分を「愛していない」と言ったことに傷ついたのではなかった。
自分がルークを愛そうとすればするほど、ルークが死へと近づいてしまうという現実に、完全に叩きのめされたのであった。
無論、ルークがベンダルに殺されることはなかった。
ルークの方がベンダルより強いからである。
しかし、アリスは、ルークが無能でないことを悟ってはいたが、ベンダルをはじめとした王家を敵に回せるほどの力を隠しているとは思えなかったのだ。
「……おやすみなさい、ルーク。……今夜は、もういいわ。……私のことは、気にしないで。……貴方は、貴方の思う通りに……生きればいいわ」
アリスは、最後に一度だけルークを振り返った。
その瞳には、今までの傲慢さは微塵もなく、ただ深い哀しみと、ルークを失いたくないという痛切な決意が宿っていた。




