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#24:外された仮面

ドォン。

唐突に爆発音がした。

ダリオスの剣はジニアスの胸に届かなかった。

「魔法アイテムか....だが、即死を一回免れただけのこと....次で終わりだぁっ!」

ダリオスの叫びが戦場にこだました。


しかし、ジニアスは卑劣な笑みを浮かべていた。  

彼はあらかじめ、部下の一部に命じて、屋敷の奥に逃げ込んでいたダリオスの妻—―ライラ・ファビウスを探させていたのだった。

「ダリオス! 動くな! これがどうなってもいいのか!」

ジニアスの部下が、首筋にナイフを突きつけられたマリアを引きずり出す。  

戦場全体の空気が凍りついた。

「……マリア……」

ダリオスの剣が止まる。  

「影の鴉」の者たちも、当主の動揺を察し、その動きを鈍らせていた。

「武器を捨てろ。さもなくば、この女の喉を今ここで切り裂く。……お前たちが死に物狂いで守ろうとした証拠をとるか、この女の命をとるか、どちらでも俺は構わんぞ!」

ジニアスの言葉は、貴族の矜持など微塵も感じさせない、冷酷な恐喝そのものであった。 ダリオスは、愛する妻の震える姿を見て、深く息を吐いた。

「……皆、武器を捨てろ」

「しかし、旦那様!」

「捨てろと言っている……。……グレイたちには、すでに託した。……我らの役目は、ここで終わってもよい.....」

カラン、カランと、金属の触れ合う音が虚しく響く。  

ファビウス家の面々が、次々と膝を突いていく。

ジニアスの顔には、醜悪な勝利の笑みが浮かんでいた。

「……ハハハ! 所詮はゴミだな! 女一人のために家門を捨てるとは!」

次の瞬間、ジニアスの剣が閃いた。  

約束を守るつもりなど、彼には最初からなかった。

ダリオスの首が宙を舞い、マリアの悲鳴さえも、刺客たちの剣によって掻き消された。  

ファビウス家の屋敷は、文字通りの屠殺場と化した。  

壮絶な死闘の末、そこに残ったのは、血の海に沈む死体の山と、返り血で真っ赤に染まったジニアスの狂気的な笑顔だけだった。


しかし、ジニアスは内心焦っていた。

その焦りは、ダリオスが最後に遺した「託した」という言葉によるものだった。

取り逃がした者がいるのではないか...そんな思いがジニアスの胸中を支配していた。

しかし、ジニアスは未だに慢心していた。

失敗したことがなかったからであろうか、彼は「取り逃がした」という可能性を自身の心の中ですぐに否定したのであった。

「くまなく、屋敷を調べろ!証拠となるものを滅するのだ!」

ジニアスは、そう叫ぶと、自身もまた屋敷の中へと入っていった。


王都の北西で繰り広げられている血の粛清—―その喧騒から切り離されたかのように、ルークの部屋には、静謐な闇が降り積もっていた。  

ルークは椅子に深く腰掛け、窓の外を眺めていた。

意識の半分は、分体を通じてジニアスの様子を「視て」いたが、残りの半分は、今まさに自室の扉の向こう側にまで迫っている「別の嵐」を捉えていた。


バタン。  

ルークの部屋の扉が、無造作に、そして乱暴に開け放たれた。

「……ルーク.....貴方は”私の”護衛よね?....説明してくれるかしら....?」

現れたのは、アリス・ルーファウスであった。  

夜の正装のまま、その美しい顔を怒りに染め、瞳に青白い炎を宿した彼女は、一歩ずつルークに向かって歩み寄った。

その足音は、彼女の激昂を代弁するかのように、床の絨毯を深く踏みしめていた。


ルークはゆっくりと首を巡らせた。  

立ち上がることもせず、ただ、おどおどとした、そして困惑したような「無能な少年」の表情を完璧に作り上げる。

「あ……アリス様……。こんな夜更けに、一体どうなされたのですか? その……、そんなに怖いお顔をなさって……」

「白々しいわね!」

アリスがルークの鼻先数センチまで顔を近づけた。

彼女の纏う高貴な香水の香りが、ツンとルークの鼻の奥を刺してくる。

「ロゼリアよ!あのラピス家の次女!……いえ、あの下賤で貧相で粗野な女と、貴方は一体、何を話していたのかしら? 私を……この私をあのような公の場で置き去りにして、一目散にあの女のもとへ駆け寄ったわ!それだけではないわ!庭園の影で、二人きりで、密やかに言葉を交わしていたという報告も受けているわっ!」


アリスの手が、ルークの椅子の肘掛けを強く叩いた。

「貴方は私の護衛でしょう? 私の所有物でしょう? 私の許可なく、私を差し置いて、気遣うことなく、ラピス家の女と親しくするなど、この私に対する最大の侮辱であり、裏切りだとは思わなかったのかしら! 貴女の役目を言いなさい! あの女と何を話したの! あの女に何を囁いたの!包み隠さずに言いなさいっ!」

彼女の言葉は、尋問というよりは、もはや悲鳴に近かった。  

ルークはアリスをじっと見つめる。

その瞳にあるのは、自身の護衛の不始末への怒りではなく、自分が信じていた世界が一晩のうちに崩されてしまうのではないかということへの根源的な恐怖なように思えた。

 ルークは、過呼吸気味に肩を震わせる「フリ」をしながら、震える声で答えた。

「そ、そんな……。滅相もございません……。ロゼリア様とは……ただ、その、彼女がダンスを踊らないかと誘っていただき、うまく断ることができず、父ゲイルの命令でもありましたので......」

「嘘よ!」

アリスの右手が、ルークの頬を打とうとして、空中で止まった。  

彼女自身のプライドが、あるいはルークに対する説明のつかない感情が、その一撃を躊躇わせたようだった。

「貴方のその『嘘』に、私はもう耐えられないの。貴方はいつだってそう。怯えているようでいて、その実、私の手の届かない場所へ、するりと逃げていってしまう。……ルーク、私をこれ以上、惨めな思いにさせないで....」

アリスの瞳に、微かな涙が滲んだ。  

傲慢で尊大で、他者を道具としか思わぬはずの冷酷な王女が、今、一人の少年の前でその仮面を剥がそうとしていた。    


その時、ルークの脳内で、システム音が静かに鳴り響いた。  

――【東門に侵入者あり。個体識別:ディラン】  

――【西門に侵入者あり。個体識別:プルー】

(……始まったか。……四人の来訪者のうち、二人が早くも王宮の境界を超えた。……これ以上、アリス様に時間を割くのは非効率的だ。……なにより、今は、グランジニアスの名を捨てるわけにはいかない.....)


ルークは、ふっと憑き物が落ちたように、その「怯えた表情」を消した。  

それは、劇の幕が下りた後のような、あるいは処刑人が仮面を脱いだ後のような、絶対的な無の表情であった。

「アリス様……。少し、冷静になっていただけますか」

ルークの、地を這うような、しかし透き通った声。  

その豹変ぶりに、アリスは息を呑み、思わず一歩後退した。

「貴方……その、声は……」

「少し私の話を聞いてくださいますか?」

ルークは椅子から立ち上がった。

アリスより背丈が高いからであろうか、その立ち姿には部屋全体の空気を支配しているような有無を言わせぬ威圧感があった。  

彼はアリスを丁寧な所作で近くのソファへと促した。

「何を……何をしようというの?」

「ただの、退屈なおとぎ話です。……夜明けを待つ間の、暇つぶしだと思ってください。……いいですね?」

アリスは、蛇に睨まれた小鳥のように、その場で立ち尽くしていた。  

彼女は理解した。

今、目の前にいるのは「無能な四男」でも「忠実な護衛」でもない。

少なくとも、自分の知っているルークではないことだけは確かなように思えた。

「……ええ、いいわ」

アリスは、吸い寄せられるようにソファに身を沈めた。


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