#22:動いた家門
「……もし、ダリオスが、あるいは生き残ったファビウス家の残党が、一つでも王家に証拠を届ければ……。明日の朝、このグランジニアス家を包囲するのは、ファビウス家の領地の再分配を告げる使者でなく、我らを捕らえに来る王家直属の近衛騎士団になるだろう。……そうなれば、我らはファビウス家と同じ運命……いや、見せしめとして、さらに過酷な、魂の根絶まで伴う刑に処されることになるのか.....」
ゲイルはゆっくりと立ち上がり、息子たち一人一人の目を射抜くように見据えた。
「……ジニアス。お前が暗殺部隊の指揮を執れ。確実に奴らの息の根を止めろ。……ジャック、お前はラピス家、シェイドラン家と連絡を取り、表面上は協調を装いつつ、奴らの刺客がしかと働いているかを見極めよ。......それと、可能であれば、我らの証拠は滅し、ラピス家とシェイドラン家の証拠は秘密裏に押収せよ……ゲイリー、お前はこの屋敷の警備を万全にしろ。たとえ空飛ぶ鳥であっても、家紋を持たぬ者はすべて射落とせ。……今夜が、グランジニアス家にとって、正念場となる!!……夜明けまでに、ファビウス家という呪いを、この世から消し去るのだぁっ!!」
「拝命いたしました!!」
三人の息子たちが、恭しく、しかしその内側にどす黒い興奮を秘めて一礼し、部屋を去っていく。
一人残されたゲイルは、冷めきって油膜の張った紅茶を一口すすり、その耐え難い苦味に顔をしかめた。
彼の頭の中では、すでにファビウス家亡き後の利権配分、そして次に排除すべき「仲間」たちの名前が、目まぐるしく入れ替わっていた。
一方、廊下を歩くジニアスの胸中は、これまで感じたことのない高揚感に支配されていた
父の全面的な信頼。家門の未曾有の危機。
それらすべてを自らの手で解決し、ファビウス家当主、ダリオスの首を持って帰還することで、彼は次期当主としての地位を、誰にも文句を言わせぬほどに強固で、絶対的なものにしようとしていた。
(……フン、ファビウスの残党など、物の数ではない。……俺が動き出せば、一時間もかからずにすべては灰に帰す。……だが、念には念を入れなければな。……あそこにいる、『不要な置物』も、少しは盾として利用してやるとしようか.....)
ジニアスは、足取りも軽く、屋敷の北東の隅にある、手入れも行き届かず冬の寒気がそのまま居座っているような冷え切った一角へと向かった。
そこは、グランジニアス家の「恥晒し」、ルーク・グランジニアスが押し込められている、豪華な壁紙を貼っただけの「檻」であった。
ルークは、暗い部屋の中で、ただ一人椅子に座り、窓の外の暗い空を眺めていた。
その背後で、乱暴に扉が開かれる音が、静寂を無惨に引き裂いた。
「……おい、ルーク。起きているか、この薄のろめ。それとも、あまりの恐怖に知性まで溶けてなくなったか?」
ジニアスの、隠そうともしない蔑みと嘲笑を含んだ声が、部屋のよどんだ空気を震わせた。
ルークは、怯えた小動物のように、肩をびくりと震わせ、弱々しく、おどおどとした動作で振り返った。
「あ……じ、ジニアス兄上……。おかえりなさい……。あの、貴族会は……その後、どうだったのですか? やはり、皆様、お怒りで……」
「貴族会の話など、貴様のような無価値な人間に話す言葉は持ち合わせていない。……いいか、よく聞け。……貴様のような無能でも、一度くらいは家門のために死ぬ権利を与えてやる。……お前は、あの傲慢な宰相の娘、アリス・ルーファウスの護衛という、身に余る大役の任を拝命しているだろう.....?」
ジニアスはルークの胸ぐらを、ルークの寝巻きがはち切れんばかりの力で掴み上げ、その冷たい、爬虫類のような顔を近づけた。
「……今夜、王都は血の雨が降る。……万が一、いや、一兆分の一の確率であっても、ファビウス家の狂った手の者が王宮へ紛れ込み、ベルジット王に手を出そうとするかもしれん。……その時は、貴様のその存在価値のない命を、一滴残らず使い切ってでも、敵を食い止めろ。……まあ、我が精鋭部隊が、一人として鼠を逃がすことはないと断言できるがな。……だが、もしファビウス家の者が、ベルジット王のもとへ、辿り着きでもしてみろ……。お前だけでなく、我らグランジニアス家全体の体面が泥に塗れ、グランジニアス家の権威は失墜する!……わかったか、この穀潰しが!」
ルークは、過呼吸気味に肩を上下させ、恐怖に顔を歪ませながら、必死に何度も首を振るように頷いた。
その瞳には、今にも涙が溢れそうなほどの脆弱さが演出されていた。
「は、はい……! わ、わかりました……。ぜ、全力で……ベルジット王を、お守りします……。い、命に代えても……兄上のお顔に泥を塗るようなことはいたしません……!」
「……ふん、せいぜい肉の盾となって果てるがいい。……それが貴様にできる、唯一の、そして最高の『孝行』だからなっ!」
ジニアスは、不浄なものに触れたとでも言わんばかりに、ゴミを捨てるような仕草でルークを床に突き放すと、高笑いを残して部屋を去っていった。
部屋に残されたルークは、床に伏したまま、ジニアスの足音が完全に聞こえなくなるまで、数十秒の間、静止し続けていた。
やがて、屋敷の喧騒が遠ざかり、ルークの部屋には完全な静寂が戻っていた。
ルークは、ゆっくりと、しかし先ほどまでの脆弱さとはほど遠い、確固たる意志が内包された表情を浮かべて顔を上げた。
そこには、先ほどまでの「臆病な無能」の面影など、一粒ほども存在しなかった。
「……家族孝行、か。……確かに、精一杯務めさせてもらうよ、ジニアス兄上。……僕もまだ、グランジニアス家という家門の名を捨てるわけにはいかないからね.....」
ルークは口元に、冷酷で慈悲のない笑みを浮かべた。
すでに日が暮れていて、王都は闇に包まれていた。
彼は、グランジニアス家の屋敷を出ると、そのまま歩いて、アリスの屋敷へと戻った。
吹きすさぶ夜風がルークの頬をせわしなく叩いていた。
「ルーク様っ!」 夜道を歩くルークに、心配そうな声をかけてきたのはシンシアであった。
シンシアはルークが反応する間もなく、矢継ぎ早に質問をぶつけてきた。
「貴族会はどうでしたかっ?.....屋敷は何も異常はありませんでしたっ!シンシアはシンシアの役目を果たしましたっ!」
夜の静けさに反して、シンシアの声が明るく響いた。
「どうということもない....退屈なものだった.....」
そう言いながら、ルークはシンシアの頭を優しくなでる。
「ルーク様ぁ....シンシアは、もう、十二歳ですっ!ルーク様と同い年ですよっ!いつまでも、子ども扱いしないでくださいっ!」
シンシアは口を尖らせながらも、嬉しそうに頭を撫でられていた。
「シンシア、今夜は一人で寝てくれ.....やることがある....」
最近、シンシアは、「誰かに構ってほしい」ようで、ルークと一緒に寝ていた。
十二歳の子供ゆえ、何も起きることはなかったが、シンシアは、その時間を楽しみにしていたようだった。
シンシアは残念そうな顔をした。
「わかりましたぁ.....今夜だけですよねっ??」
シンシアの問いにルークは「ああ...」と短く答えた。
シンシアは、ルーファウス邸につくと、自室に戻っていった。
ルークは、ルーファウス邸につくと、そのまま引き返して、王宮の通用門へと向かった。
王宮の通用門は、王宮を囲むように、東西南北に4つ存在する。
衛兵たちが配され、王宮内に寝所を構えるベルジット王のもとへ行くには必ず通る必要のある門であった。
ルークは、東門に行き、鑑定(極級)を発動させる。
鑑定(極級)、『選別感応界』。
魔力で満たされた薄い無色透明な結界が張られる。
『選別感応界』によって成された結界は、対象の者がその結界を通ると、術者が感知出来るという代物であった。
ルークは、東門だけでなく、北門、西門、南門にも、『選別感応界』を同様に発動させた。
月明かりが、かすかにルークの冷酷な笑みを映し出していた。




