#21:危急の密談
貴族会を終えて、貴族たちは皆、それぞれの思惑を乗せて、王宮を後にした。
ルーファウス王国の王都の静寂を切り裂くように、グランジニアス家の紋章—―抜き身の剣を食らう双頭の獅子—―を戴いた豪華な馬車が、その重厚な鉄門をくぐり抜けていた。
車輪が精緻に敷き詰められた石畳を叩く音は、まるで処刑台へと続く階段を登る足音のように執拗で、湿り気を帯びた夜の空気に不吉な余韻を残しては闇に吸い込まれていった。
馬車が止まると同時に、訓練された私兵たちが一糸乱れぬ動作で列を作り、跪いた。
グランジニアス家当主、ゲイル・グランジニアスは、王宮での華やかな仮面を脱ぎ捨て、むき出しの憤怒を漂わせて降り立った。
彼の顔には、数十年間に及ぶ権力闘争の中で刻まれた深い溝のような皺が、月光に照らされて呪術的な紋様のように不気味に浮かび上がっていた。
その脂ぎった肉体も、贅肉で埋め尽くされた首元も、いまや、彼の怒りに震えているようだった。
「……皆、奥の客間へ来るのだ。一族の者以外、誰も近づけるな。庭の官吏も、厨房の者も、古くから仕える使用人どももだ。この部屋から漏れる声を聞いた者がいれば、たとえ飼い犬であってもその首を撥ねてやる。一匹の鼠さえ、今宵の対話を聴くことは許しはしない。よいな!」
ゲイルの低く、地を這うような声は、物理的な質量を持って息子たちの鼓膜を震わせた。
その言葉に、三人の息子たちが、それぞれの野心と恐怖を隠し持ちながら無言で従う。
長男ジニアスは、父に似ず、最も武の才があったが、それ同時に、父に似て、貪欲なまでに功名心に囚われ、富貴に執着していた。
ジニアスは、常に獲物を狙う鷹のような鋭利な功名心が宿っていたが、彼はそれをひた隠し、努力と研鑽を積み重ねる人であった。
しかし、その実、権力や富貴を手に入れるために、どうすべきかを常に考え、人を利用価値があるかで判断する、ゲイルにそっくりな一面も持っていた。
次男ジャックは、粗暴で、権力者に媚びる男だった。彼は、また勉学を捨て、食と力に拘った男でもあった。
気に入らないことがあれば、すぐに人に手を上げた。彼は、もともと体格が大柄なだけで、決して武の才があるわけではなかった。
そして三男ゲイリー。
彼は兄たちのように特段、権力欲があるわけでもなく、粗暴なわけでもなかった。その一方で、武の才があるわけでも、賢いわけでも、勉学や鍛錬に励むわけでもなかった。
確かに、人に媚びるし、権力欲がないわけでもなかったが、一家の中で見れば、「自由」を愛する「普通」の少年だった、ある一点を除けばだが。
彼は「恋したい」性分だった。平たく言えば、女性にとても弱かったのだ。
そのくせ、彼は、とことん、モテなかった。
常に、女性の視線を気にし、女性の言葉にすぐに一喜一憂する、勘違い男、それが、ゲイリーだった。
広大な屋敷の最奥、何重もの防音機能を備えた壁と厳重な魔法障壁に守られた一室。
そこには、当然ながらルークの姿はなかった。
彼らにとって、この家門の存亡を賭けた「話し合い」に、あの無能な四男を招き入れるなど、思考の片隅にすら存在しないようであった。
重厚な扉が閉じられ、三重の鍵がかけられる。
ゲイルは、図太い体を椅子に深く身を沈めた。
続いて、ジニアスやジャック、ゲイリーがそれに続く。
ゲイルは、三人が座ったことを確認すると、その拳でテーブルを強く叩いた。
「……ダリオス・ファビウス!あの度し難い阿呆が、すべてを台無しにしおった!王宮の庭に、あろうことか『証拠』となる死体を晒すなど、狂気の沙汰としか言いようがないわ!この際、誰がやったかなどどうでもよい!奴は自らの首をギロチンの下に差し出しただけでなく、我ら四大家門の首根っこまで、その錆びた刃の下に引きずり込んだのだぞっ!」
ゲイルの吐き捨てるような言葉に、長男ジニアスが、苛立ちを抑えつつ、冷静な様子で応じた。
「父上、ダリオス個人の生死や、ファビウス家の凋落などは、二の次でございます。真に危急を要するのは、あの追い詰められた豚が、死に際の一噛みで我らを道連れにしようと画策することです。……父上もご存知の通り、ファビウス家は代々、我らグランジニアス家の『掃除屋』として機能してきました。表に出せぬ利権の強制的な回収、帳簿の改ざんによる国庫の横領、そして立ち塞がる政敵たちの『不幸な事故』……。それらすべてに、あの一族は関与している。つまり、我々の首を飛ばすに十分な証拠が、奴らの隠し金庫には山積みになっているということです」
ゲイリーが、最高級のヴィンテージ・ワインをグラスに注ぎ、その縁をなぞりながら、薄汚い笑みを浮かべて言葉を添えた。
「ええ、兄上の仰る通りでございます。……『四大家門』という、この国を支える強固な岩盤が今夜の醜態によって、内側から爆ぜようとしているのです。……納税額三倍、無期限の謹慎。……ベルジット王の下した沙汰は、ファビウス家にとっての死亡宣告でしょう。……あの一族に、再び浮上する力など残されていないはずです。……ならば、窮鼠、猫を噛むといいますから、その前に、我らがなすべきことは明白です。……彼らが絶望に屈して王家に『自白』という名の取引を申し出る前に、その喉元を食い破り、すべての証拠をこの世から永遠に抹殺すること、それ以外に、我らの生き残る道はございません....」
ジャックが、苛立たしげに椅子を蹴り飛ばし、荒々しい足取りで部屋の中を往復した。
「理屈はどうでもいい! まどろっこしいんだよ。……要するに、奴らが口を開く前に、ファビウスの血筋を一人残らず根絶やしにすればいいんだろう? ……あの”偽善者野郎”のダリオスも、鼻持ちならない息女も、肥満気味の子息たちも、その周囲の者たちもまとめて灰にしてやればいいんだろぉ!!死人は二度と喋らねえ!夜明けまでに王都から『ファビウス』という名前を消してやるぜぇ!!」
四人の意見は、完全に一致していた。
『ファビウス家の完全なる抹消』。
それは単なる競合相手の排除ではなかった。
自分たちの首筋に当てられた刃を、力尽くで折るための生存戦略であった。
「……ラピス家も、シェイドラン家も、思いは同じだろうな」
ゲイルが、窓の外に広がる、深い霧に包まれた王都の闇を見つめながら、独り言のように呟いた。
「シェイドラン家もラピス家も、おそらく今頃、私と同じような決断を下しているはずだ。奴らもまた、ファビウス家に握られている致命的な弱みがある。……四大家門は、互いの恥部を共有し、互いの首を絞め合える位置にいることで、この奇妙な均衡を保ってきた。……だが、その均衡はダリオスの失態によって崩れた。……ラピス家も、シェイドラン家も同様だ。……連中は今夜、一斉に刺客を放つだろう。……無論、我らも刺客を放つつもりだ....」
ジニアスが、ふと思い出したように、王家について口にした。
「……ベルジット王……あの王は、我ら四大家門の肥大化した権勢を、長年苦々しく思っていたはずだ。……ゆえに、王という立場からすれば、ファビウス家が持つ『不正の証拠』などは、むしろ喉から手が出るほど欲しい武器なはず。……そもそも王という存在は、法を超越する。……我らの罪を暴き、その資産を没収して国費に計上してしまえば、それは王家にとって最高の富の再分配となる。……王にとってファビウス家の証拠は、我ら三家をいつでも断頭台へ送り、その領地と財産を奪うための、いわば「必需品」であろうな....」
ジニアスの言葉を聞いたゲイルの背筋に、微かな、しかし抗いようのない戦慄が走った。
確かに、王家は、強くなりすぎた四大家門を常に監視していた。
かつて建国の折、四大家門は王の剣であり盾であったが、いつしかその剣は王の喉元を狙うようになり、盾は王の視界を遮る壁となった。
今夜の事件で、ベルジット王は確信したに違いなかった。
四大家門の結束は砂上の楼閣であり、一度崩れれば互いに疑心暗鬼に陥り、共食いを始める脆い集団に過ぎないことを。




