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17/32

#17:三家の亀裂

ルーファウス王国の王宮の大広間、通称「白銀の間」。  

そこは、王国の繁栄を象徴するかの如く、天上から吊るされた無数の魔法アイテムが放つ眩いまでの光に満たされていた。

壁面を飾る黄金の縁取り、精緻な装飾が施された大理石の柱、そして床には深紅の豪奢な絨毯が敷き詰められ、その上を色とりどりのドレスや礼服に身を包んだ貴族たちが、まるで万華鏡の破片のように行き交っている。  

空気には、最高級のヴィンテージ・ワインの芳醇な香りと、淑女たちが纏う数多の香水の甘美な香りが混ざり合い、それらが高価な料理の湯気と溶け合って、独特の、どこか麻薬的な享楽の雰囲気を醸し出していた。

無論、その繁栄は、重税と圧政、時に武力行使を伴う強制的かつ利己的な略奪により成り立っていた。

ルーファウス王国の民は、高価な衣服を眺め、貴重な魔法アイテムを見つめ、黄金や大理石や香水を羨望することしかできなかった。

 

そして、一見、華やかに見える、この貴族会の裏側には、常に抜き放たれた剣のような緊張感が張り詰めている。

交わされる微笑の裏には鋭い毒針が隠され、軽やかな笑い声の合間には、政敵を失墜させるための残酷な計算が弾かれていた。

ここ、貴族会は、優雅な仮面を被った怪物たちが集う、血の流れない戦場そのものであった。


さて、その喧騒の中心から少し外れた壁際の隅。  

そこに背を預けているルーク・グランジニアスは、いつものように精彩を欠いた、うつろな瞳で周囲を眺めていた。

眠い目をこすり、退屈そうに欠伸をし、時折、食べ物をひっそりと取りに行く。

誰の邪魔もせず、誰の邪魔にもならないようにする。それが、父の望みであり、家門の望みであり、ルーク自身の望みでもあった。

ルークの表情には、十歳の子供が持つべき純真さなどは欠片もなく、ただただ、この場に存在すること自体が退屈であると言わんばかりの、倦怠の色が張り付いていた。

(……反吐が出る。この虚飾、この欺瞞、この無意味な時間の浪費。……だが、それも今の俺には仕方のないことだ....そもそも、リーシャを救うことが今の目的である以上、まだ、このグランジニアスの家門、そしてアリスの護衛という王家との”パイプ”も俺には必要だ....肝心な時に、リーシャに近づけなくなるのは困るからな....)

アリス・ルーファウスは、凛とした佇まいで貴族会を見渡していた。

彼女の銀色の髪は灯りを受けて真珠のような光沢を放ち、その蒼い瞳は、近づく者すべてを拒絶するような威圧感を湛えていた。

アリスの父、ベンダルが次々と、”自称婚約者候補”たちを連れてくる。

ある者は、アリスに永遠の愛を誓い、またある者は、アリスに高圧的に接し、別の者は、アリスに執拗に媚びてきた。

アリスは思い出していた。これが貴族なのだと。

人に媚び、美辞麗句を並べ、利己的な思惑から、支配しようとする人の皮を被った獣。

ベンダルは、アリスが数分会話しただけで、追い払えとでも言うように、片手を振るのを残念がっていたが、彼もまた、利己的にアリスという完璧な美貌を持つ才女を利己的に利用しているに過ぎなかった。

その傍らで、妹のクレアはアリスの拒絶した”自称婚約者候補”たちを一様に褒めちぎり、(おだ)て、可憐に忍耐強く、そして慈悲と慈愛を示すかのように振舞っていた。

アリスは、最近、妹がわからなくなってきていた。

昔はクレアが優しくて、自分よりも感性が豊かな子だと思っていた。

とても同い年だとは思えないほどの、可憐さを携えた彼女は、会う人、見る人皆を虜にしていった。

それは、決して、打算的なものではなく、自然となされていったように思えた。

かくいう、彼女もクレアを王家の中では、最も信頼していた。

しかし、いつからだろうか。

クレアの微笑み、泣き顔、ふてくされて口をとがらせる仕草、そういったクレアの”すべて”が打算的に見えるようになった。

醜い大人の欲望に晒されてきたことを踏まえて、クレアは純真無垢であると、自身に言い聞かせてきた。

ルークが来てからは特に、クレアが、周囲の大人たちと同じように見えてきた。

ルークはきっと自分に興味がないのだろう、そう思ってしまうような目を時々している。

クレアは常にそういう目をしているのではないか、ルークと接していると、特にそう思わされてしまう。

今や、アリスが、クレアの部屋に頻繁に足を運ぶのは、妹が好きだからという昔の理由だけではなくなっていた。

クレアが恐ろしくなる時がある。

口ほどにもないことを言いながら、その裏で鋭利な刃を差し込む機会を伺っているような、そんな感覚。

クレアは今も、屈託のない笑顔を浮かべ、美辞麗句を並べているが、果たして”本当のクレア”は、どの姿のクレアなのだろうか....

アリスはそんなことを思いながら、父が連れてくる自己中心的で打算的な男たちを適当にそして冷淡にあしらっていた。


貴族会に、そんな静かな狂気が渦巻く中、一際、異質な熱量を帯びた一団が、グランジニアス家へと詰め寄った。  

四大家門の一角、ファビウス家の当主、ダリオス・ファビウスら、ファビウス家の面々であった。  

どうやら、オールデン家を”虐める”のに飽きたようだった。

その怒りの矛先をグランジニアス家の当主、ゲイルに向けたのか、ダリオスの顔は、沸騰するマグマのような怒りを放ち、その巨躯からは、周囲の空気を物理的に押し潰すような凶暴な魔力が漏れ出していた。

優雅な装いで佇む周囲の貴族たちを暴力的に跳ね除け、一直線にゲイル・グランジニアスのへとその足を運んでいた。

「……ゲイル・グランジニアス....!」  

ダリオスは、ゲイルと対峙すると、まるで生涯の仇でもあるかのように、低く野太い声で、ゲイルの名を呼んだ。

周囲の視線が、一斉に彼らに注がれる。

好奇、恐怖、期待。他人の不幸を蜜とする貴族たちの欲望が、一気に加熱する。

なにより、四大家門の動向はすべての貴族に影響を及ぼすのだ。

どの四大家門に(こうべ)を垂れるか、自身の経済基盤に関係してくるか、勢力図が変わるのか、そういったすべてのことを見極めるために、彼らは今日のこの一事を固唾をのんで見守っていた。


無論、どの貴族も凝視したりはしなかった。

ダリオス・ファビウスという男は、注目されることを嫌う男だと知っていたからだ。

ダリオス・ファビウスは、ファビウス家を四大家門に押し上げた男だと言っても過言ではないし、ファビウス家を堕落させたと言っても間違いではない。

ファビウス家はもともと、”ものづくり”を生業としていた家門で、内乱を鎮める兵器の開発や国を豊かにする発明品を多く生みだしていた。

そして、その功が、建国の際に讃えられ、建国王、アルキス・ルーファウスにより、四大家門にその名を刻んだのだ。

しかし、戦がなくなると、他の四大家門は、権力と富に溺れ、国を省みなくなった。

そして、アルキスが死ぬと、その風潮は増々、強くなり、しまいには、四大家門が王家に匹敵する力を持つまでになっていた。

もはや、ファビウス家がこの国で”四大家門”として生き残ることは困難だった。

国の行く末を決める者たちは皆、己のことばかり考え、国を豊かにする発明品になど興味がなく、予算の承認も下りなかった。

建国時代を支えたいくつもの名家が彼らに潰されていった。

ゆえに、ファビウス家は生存のために、他の四大家門の犬になることを受け入れた。

彼らの賄賂や不正を王家から隠蔽し、偽造や偽証を全面的に補佐した。

そして、ついにファビウス家は「暗殺」という稼業に手を染めた。

その決定を下したのが、ファビウス家 現当主ダリオス・ファビウスであった。

ダリオス自身が、武の才に恵まれたからか、あるいは激情家としての激情を暗殺に注いだためか、彼自身が暗殺に手を染めることもあった。

それゆえか、ダリオスは、影のように現れ、影のように消えることを好み、それを害する者を決して許さなかった。

「ダリオスはいない者として扱え」。それは、いつからか、合言葉のように、貴族の間に浸透した鉄則であった。


「……これはこれは、ダリオス殿。随分と、お元気なようだ。貴族会という場を、己の演武場と勘違いされているのではないかな?」  

ゲイルは、そんなダリオスをあざ笑うかのように、手に持っていた細長いフルートグラスをゆったりと揺らし、ダリオスを一瞥した。

その視線は、道端に転がる石ころでも見るかのように侮蔑に満ちた眼差しであった。

「貴様……! よくも、しらじらしい真似を! 『聖夜の日』……我らと交わしたあの誓約、あの密約を、貴様はどう考えているのだ! オールデン家を四家門の手で解体し、その権益を分かつ……その先陣を我がファビウスが切り、貴様らグランジニアスが後方から支援するはずだっただろうが!」  

ダリオスが身を乗り出し、ゲイルの胸ぐらを掴まんばかりの勢いで低く吠える。

その声には、明確な殺意が込められていた。

「……密約? ふむ.....そもそも、記憶にないな.......我がグランジニアス家は常に、王家への忠義を第一に考えている。……それに、そもそも、そちらの配下の方々が、無様に失敗しただけではないのか?我らが援護しようにも、援護する者が既にいなければ、骨折り損のくたびれ儲けというやつだ......ゆえに、計画が頓挫したのは、貴殿の配下の無能さが原因であろう.....それを我が家に転嫁するのは、筋違いというものだ。……負け犬の遠吠えを、この神聖な場で聞かされる身にもなってもらいたいものだ」  

ゲイルの言葉は、まるで氷の刃のようだった。

一つ一つの単語がダリオスの自尊心を深く抉り、その傷口に冷たい嘲笑を塗り込んでいく。

「……貴様ぁっ! あの夜、我が家の精鋭十名が忽然と姿を消したのだ!計画では、貴様らの部隊は、オールデン家の周囲を、密かに固めているはず……しかし、報告では、一兵たりともいなかったようではないか!貴様らは援護も何も、そもそも、我らを裏切るつもりであったのだろう!我が家門を囮にして、消耗したところを横から喰らうための策だったのだろう! ……あまりに卑劣だぞ!四大家門同士の密約を、貴様は、その薄汚れた金勘定で売り払ったのか!あまりに利己的だぞ!貴様は、人としての誇りを忘れたのかぁっ!」

「誇り、か。……ダリオス殿、貴殿が口にすると、その言葉もひどく安っぽく聞こえてしまうな。……結果がすべてだ。貴殿は失敗し、私はこうして平然としている。……それだけのことではないか? 無能を自覚せぬことが、最大の罪だということをそろそろ学ぶべきではないかな。貴殿の配下が任を果たせば、なにもここで貴殿が喚き散らす必要もなかったであろうな.....」

「なんだと、貴様ぁっ!よくもぬけぬけと!四大家門、全ての弱みを握っているのだぞっ!結果が全てだ、だと!?その言葉、よく覚えておくことだなぁっ!」

二人の間を剥き出しの敵意が、言葉の暴力となって飛び交い合っていた。  


その様子を、少し離れた位置から眺めていたのが、シェイドラン家の当主、ムガル・シェイドランであった。

彼は細い指先で自身の顎をなでながら、蛇のような粘着質な薄笑いを浮かべていた。

ムガルは、すっとダリオスのもとへ近づくと、嘲笑と侮蔑を込めて、ダリオスを宥めた。

「……くふふ、見苦しい。実に、見苦しいですな。ファビウス家というのは、いつからこれほどまでに品性を失ったのですかな?」  

ムガルの声は、高く、耳障りなほどに冷酷であった。

「我がシェイドラン家は、その『密約』とやらにも、ましてやオールデン家への野蛮な襲撃にも、一切関与しておりませんよ。……我らは法を重んじ、知識を愛する一族。……ダリオス殿、貴殿が喚けば喚くほど、貴殿の家門がいかに野蛮で、知性に欠けるかが露呈していく。……ああ、可哀想に。もはやファビウスの紋章は、誇りではなく『恥辱』の象徴ですな」

「ムガル! 貴様もか! 貴様も、あの晩は高みの見物を決め込んでいたはずだ!」

「おや、心外な。私はあの日、書庫で古文書を読んでいただけですよ。……証拠もなく他家を誹謗するのは、国法における重大な罪になりますが……宜しいのですかな?まあ、貴家を罪に問う気は、今はさらさらないですが、もしかすると、今後はあるかもしれませんねぇ……いやぁ、しかし、怖い怖い。自身の武しか自慢のない御仁が怒ると、風情も何もあったものではないですねぇ....まったく.....もう少し、勉学に励んではどうです?そうすれば、その激情家が努力家に変わるかもしれませんからねぇ.....くっふっふっ....」  

ムガルの冷徹な否定と、皮肉に満ちた嘲笑が、ダリオスをさらに激情へと駆り立てていた。


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