#13:消えた悪役令嬢
聖夜の喧騒が遠くで響く中、ルークは、シンシアを連れて、グランジニアス公爵邸へと辿り着いた。
彼が向かったのは、アリスの私室であった。
「……ガキの遊び場じゃねぇぞ.....!無能な分際で身の程をわきまえろっつーの....!」
ゼシードが廊下の角で、下卑た笑みでもてなしてくる。
相変わらず、ルークを蔑むことでしか己の価値を証明できないようであった。
「いやぁ、お嬢ちゃん...!可愛い子だねぇ...!お兄さんが家まで送ってあげようか?」
シンシアが、差し出されたゼシードの手を取ることはなかった。
代わりに、足が強く差し出された。
「ぐほっ!?」ゼシードが腹を抱えて、クネクネと身をよじらせる。
「ゼシード殿、アリス様より直々に用命を賜っております。私の到着が遅れることは、アリス様の機嫌を損ねること……その際は、ゼシード殿の名を出さねばなりますまい.....では、これにて.....」
ゼシードが顔を真っ赤にして叫ぶ。
「ひっく.....もろに、入ってるっ........てっめぇ……口だけは達者になりやがってっ……くそっ.....くっそ、いてぇ....」
どうやら、泣きべそと痛みには素直なようだった。
ルークはゼシードに背を向けて、アリスの部屋へと向かう。
「シンシア....あまり手荒な真似はするな....揉め事は後始末が面倒だ....だが、今のはよくやった」
シンシアは嬉しそうに返事した。
「えへへっ....!承知いたしました」
アリスの部屋に辿り着く。アリスはいないようだった。
ルークは、構わず扉を修復にかかる。
無言で手をかざし、先ほど市場で購入した二枚の魔法板を、修復した扉の両側へ、まるでもとからそこにあったかのような自然さで張り付けた。
「あの……ルーク様.....ルーク様は、実力を隠していらっしゃるのですか?」
背後で見ていたシンシアが、素朴な疑問を問いかけてきた。
もはや、なぜ、気づいたのかは重要ではなかった。気づかれたことが重要であった。
そしてなにより、これから側に置き続けるシンシアに隠し通すのは難しいように思えた。
ルークは振り返り、シンシアの澄んだ瞳を見据えた。
「ああ、その通りだ。……お前は『いい子』のはずだ。……俺の実力のことは、二人だけの秘密にしろ」
シンシアの頬が、ポッと林檎のように赤く染まる。
彼女は自分の胸元をぎゅっと握りしめ、小刻みに頷いた。
「……はい! 二人だけの秘密……。秘密...できちゃいましたっ…!」
まるで世界で一番大切な宝物でも見つけたかのように、シンシアは嬉しそうに呟いた。
ルークは一瞬、その無垢な笑顔に戸惑いを覚えたが、すぐに意識を仕事へと戻した。
鑑定(極級)で扉の出来栄えを確認する。
だが、返ってきた結果は、不穏極まりないものだった。
【鑑定結果:非常に耐久性が高い。回復魔法(極級)『輪廻復元』を付与済みかつ隠蔽済み。注意;高密度な魔力残滓が付着。波長:魔族由来。隠蔽レベル:極】
(……まさか....)
ルークはアリスの部屋にも、鑑定(極級)を発動させる。
【鑑定結果:高密度な魔力残滓が存在。波長:魔族由来。隠蔽レベル:極】
ルークの眼には、部屋中に漂う「黒い糸」のような魔力の痕跡が見えていた。
それは巧妙に、かつ強力に隠蔽されており、どうやら、鑑定(超級)以上の力がなければ、その一端すら見つけることは不可能であるようだった。
その気質は、先刻教会で殲滅した魔族と同じ、不快な「悪意」の臭いがする。だが、その強度は比較にならなかった。
(教会にいた雑魚とは格が違う。……そして、少なくとも、隠蔽系統のスキルを併用できるようだ。推定ランクはBB級。そいつが、アリスを連れ去ったようだな……)
ルークは即座に鑑定(極級)で、その異様で強力な魔力痕の終着点を追った。
どうやら、魔力の痕跡は、王都のはずれ、不気味な瘴気が立ち上ることから、手練れの冒険者ですら立ち入らない『彷徨いの森』に続いているようだった。
『彷徨いの森』は森の中の魔物が異常に強く、ダンジョンもないことから、冒険者が入らないことで有名だった。
「シンシア、行くぞ。俺の側を離れるな」
ルークはシンシアの手を引いた。 シンシアが顔を赤らめながら、強く手を握り返してくる。
ルークは、シンシアをここに残していく方が面倒だと判断した。
榊原家の家訓—―「信を誰にも置いてはならぬ」。
ルークの魂に深く刻まれたその因縁は、シンシアを完全に信用することをすぐには許さなかったのだ。
もし彼女が何らかの形で情報を漏らせば、リーシャを救うまでの計画がすべて崩れ去るのだ。
自身の視界の届く範囲に置いておくのが、最も「合理的」な判断であった。
「アリスがいないことがバレれば、そのしわ寄せは確実に俺に来る。……この屋敷を出るなら、今しかないな....」
ルークは、自身とシンシアに隠蔽(極級)を施し、その姿を見えないようにした。
ルークたちは、再び聖夜の街に来ていた。
ルークは隠蔽(極級)『無貌仮装』を発動する。
これにより、ルークとシンシアの姿は、観測者の主観、すなわち「願望」や「先入観」によって書き換えられる。
ある者が、仲睦まじいカップルを見たいと思えば、そのように見える。
別の者が、貴族の兄妹だと思えば、豪華な衣装を纏った姿に見える。
(需要はないかもしれないが....)行動パターンを特定させず、足取りを掴ませないための「念には念を」という、ルークなりの徹底した防諜工作であった。
「……まずは、獲物を整えるぞ。魔族相手に素手というわけにはいかないからな」
二人が訪れたのは、裏路地に店を構える武器屋『チョ・ベリ・ウェポン』。
「いらっしゃいっ! 店主のグッドって言いますっ! 以後お見知りおきをっ!」
扉を開けるなり、陽気な声が響いた。
店主のグッドは、派手な羽飾りのついた帽子を被り、矢継ぎ早に言葉を畳み掛けてくる。
「して、ご用件はっ……! あ、もしかしてっ、そちらのお嬢さんの武器をお探しでしょうかっ?!」
どうやら、今の二人は「上流階級のお嬢様と、その付き添い」に見えているようだった。
「……ええ。お嬢様が持てる槍の中で、最高級のものを。それと私には、剣を二振り。できれば一対のものが望ましいのですが....」
ルークは執事のような所作を伴い、丁寧に答えた。
グッドは「承知いたしましたっ!」と叫び、鼻歌交じりに店の奥へと案内する。
「……お嬢様っ。ありですっ……!!」
隣でシンシアが、なぜかグッドの独特な口調を真似て、両手を頬に当て、顔を少し赤らめながらぼそっと呟いた。
(何が”あり”なのだか……。意味が分からん.....) そんなことをルークが思っていると、グッドが走って戻ってきた。
「お嬢さんっ! こちらはいかがでしょうかっ!」
グッドが差し出した、白銀の穂先を持つ槍に、ルークは密かに鑑定(極級)を走らせる。
【鑑定結果:現状ランクC級。魔力伝導性D級。――最大値、共にSSS級。スキル:槍術(低級)付与。最大強化時:槍術(極級)】
(……グッドは「目」が良いようだ.....いい獲物を選んできた.....)
「お嬢様、こちらでよろしいでしょうか?」ルークは丁寧にシンシアに尋ねる。
「……そうね....こちらにしますわ....」シンシアは演技を楽しんでいるようだった。
シンシアに弓ではなく槍を選んだのは、魔族との遭遇を考えた時、確実に命を守るための近接戦闘力が必要だったからだ。
遠距離武器は強力だが、不意を突かれた際の対処が難しい。
次にグッドが持ってきたのは、波打つ刃を持つ、一対の美しい双剣であった。
どうやら、グッドの自信作のようだった。
【鑑定結果:現状ランクBB級。魔力伝導性B級。最大値SSS級。特殊効果:装備者のスキル数+2(ランダム)】
「私はこちらにいたしましょう。して代金はいくらでしょう?」 「あわせて銀貨四枚になりますっ!」
ルークは躊躇なく支払った。
これで魔法板の購入に使った銀貨一枚と合わせ、彼の手元からは現生価値としての通貨が消え失せ、実質的に無一文となった。
だが、ルークに焦りはなかった。今の彼にとって、金など必要になればいくらでも生み出せるからであった。
「グッド殿。……つかぬことを伺いますが、この武器はどこから卸されたものでしょうか?」
ルークの鑑定(極級)が、笑顔の下のグッドを射抜く。
非売品や盗品、あるいは呪われた品である可能性もあったからだ。なにより、グッドがどうやって手に入れたのかが、気になった。
「うちは大丈夫ですよっ! とある御方が、親切にも下さったものなのでっ!」
グッドは一点の曇りもない満面の笑みで答えた。
【鑑定結果:対象の言葉は真】
ルークは「……疑って申し訳ない」と頭を下げると、店を出る際、密かに指を弾いた。
鍛冶(極級)『段位鍛上』。
ルークの介入により、グッドの店内の全ての武器のランクが一律で一段階上昇する。
次に向かったのは、高級衣料店『スートゥ・プライドゥ』。
店内に足を踏み入れると、柔らかな香水の香りと共に、洗練された身のこなしの女性店員が歩み寄ってきた。
彼女は恭しく一礼すると、セールストークを始めた。
「いらっしゃいませ。本日はどのような装いをお探しでしょうか? お兄様にも妹様の方にも相応しい衣服をご提供できますわ」
ここでの二人は、「貴族の兄妹」として認識されているようだった。
「妹の旅装を。……丈夫で動きやすく、それでいて美しさを損なわない最高級の品を。私には、夜の闇に紛れるような黒の一式を頼む」
「まあ、妹様想いの素敵なお兄様ですこと。お嬢様、こちらへどうぞ。最新のシルクと魔獣の皮を編み込んだ、魔法耐性付きのドレス・ローブがございますわ」
「お兄様っ。こっちも、ありっですっ!」
シンシアが微かに呟く。
「妹よ、なにがありなのだ?」ルークが丁寧に尋ねる。
シンシアは嬉しそうに「えっと.....服のことですっ!!」と早口で言うと、女性の店員に連れられて、店の奥へと姿を消した
戻ってきたシンシアはまるで別人であった。孤児のシンシアの面影はどこにもなかった。
薄い水色のローブを纏い、中に白の上着、下は白のスカートと水色と白の網目模様の長い靴下。
彼女は、すっかり衣服に満足したようで、嬉しそうにくるりと回った。
女性の店員は、ルークの服も持ってくる。
黒のローブに灰色の上着、黒のズボンに黒い短めの靴下。
ルークは満足したように頷く。
「では、お会計は、こちらでよろしいでしょうか?」
ルークは、頷くと、銀貨を取り出した。
さて、無一文だったはずの彼が、どうやってお金を用意したのか。
答えは簡単だ。
彼は道中、先ほど殲滅した魔族から回収していた魔石を、システムの中にある換金システムを利用して、換金したのだ。
換金後は、自身の好きな時に、利用できる貨幣となる。
勿論、魔族の魔石をそのまま出せば国家規模の騒動になるため、あえて「魔物の魔石」、それも「B級の魔石」に、隠蔽(極級)で偽装して、売りに出した。
「B級の魔石(偽)」は、この国だけでなく、この世界で見ても、売りに出す場合は、オークションの形態を取った方が儲かるため、普通は、オークションの主催者、例えば商会などを通じて、取引するのだが、ルークにそんな時間はないので、このシステムの換金システムを利用したのだ。
勿論、匿名で出品し、さらに、魔石自体にも、ルークの魔法の痕跡を消すために、隠蔽(極級)を施しているため、身元が割れる保証はない。
とにもかくにも、売り上げは、金貨三枚と銀貨六枚となった。
この国の年収、5年分程度にはなったわけだ。
「確かに。ありがとうございます、またのご来店を」
丁寧な見送りを受け、ルークたちは店を出る。
「準備は整った。……シンシア、行くぞ」
「はい、ルーク様!」
ルークは、自身とシンシアに風魔法(極級)を付与すると、瘴気が渦巻く『彷徨いの森』へと向かった。
(アリスが俺の護衛期間中に死んだとなれば、俺は、最低でも死刑だろう....リーシャが第一優先だが、第二優先はアリスだ....どこまでも、厄介な女だ....)
すでに日は暮れ、闇夜に月が、克明に浮かび上がっていた。




