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#12:倍返し

オールデン家の玄関を、音もなく滑る”影”となってすり抜けると、そこには冬の澄み切った大気が育んだ満天の星空が広がっていた。  

王都の喧騒を遠くに置き去りにしたこの郊外の夜空は、深淵のような紺青を湛え、無数の星々が凍てつく風に(またた)いている。

その光景を横目に、ルークはまっすぐ庭園へと向かった。  

左右に広がる大きな庭園。

そこには、この世界の貴族たちの虚栄心を体現したかのような、手入れの行き届いた自然が鎮座していた。  

薔薇、白百合、そして金木犀。  

季節外れの花々が、夜空の下で異彩を放っている。

聖夜の祝祭に合わせた”ライトアップ”—―魔法アイテムによって制御された光が、花びらの一枚一枚を銀色に縁取り、幻想的というよりは、どこか人工的な美しさを醸し出していた。

(開花時期を魔法で無理やり調整しているのか。……どこまでも、自然をねじ曲げるのが好きなのか...貴族は....しかし...このオールデン家の庭は....オールデン家のものではない....いわゆる”国有地”。つまり、この人工的な美しさを設計したのも、調整し続けているのも、王族だ....もし、リーシャたちなら、きっと、”本当の花”を庭を創るだろうに....)


ルークは冷ややかな感想を抱きながら、左の庭園へと歩を進める。  

勿論、目的は、この屋敷に仕掛けられた「保険」の処理だった。

(それにしても、刺客共は、人質を焼身自殺に見せかけるつもりだった。しかし、原作通りだとしたら、実際は、魔族の仕業として処理されたわけで、その証拠に魔族の羽の一部が、オールデン家から見つかったわけだが、そもそも、魔族は羽を落とさない。なにより、ファビウス家が、焼身自殺に見せかけるつもりだったなら、魔族の仕業に見せかけた連中は別にいる....しかし、なぜだ??オールデン夫妻の殺害以外に、その連中には目的があったのだろうか....)

考えても、その答えはわからなかった。  


ルークは左の庭を対象に指定して、鑑定(極級)を庭園の隅々まで走らせた。

案の定、左の庭園の手前の壁近く、一見すればただの装飾的な石組みに見える場所の裏側に、異質な魔力の澱みが滞留していた。  

【鑑定結果:遠隔起動型・火魔法召喚陣。術式構造:設置場所(ファビウス家別邸)と繋がっており、設置者が起動すると、設置場所から火魔法が送られ、起動する】

(やはりな。刺客が失敗しようが成功しようが、最後は屋敷ごと焼き払うつもりだったわけだ。……刺客もろとも消す...実にファビウス家らしいやり方だ...)

ルークは、鑑定(極級)『魔域権掌(アーク・オブ・ドミナ)』を発動させる。

ルークの眼前に幾何学的な構造式が提示され、自動でなにやら進んでいく。

ほどなくして、その構造式は、一塊の魔力の糸に集約されていく。

ルークは、その糸を力強く引っ張る。

ルークの体を、そのまま召喚陣の内部へと入っていく。


ルークが試みたのは、解体ではない。「書き換え」であった。  

ルークは、召喚陣の内部の魔力を反転させる。

召喚陣を破壊してしまっては、少なくとも、召喚陣に介入できる第三者の存在をファビウス家に知らせてしまうことに他ならなかった。

それでは、せっかくの”聖剣”への成りすましも無駄になってしまう。

ゆえに、ルークは、反転させた回路の終着点—―つまり、設置場所へと向かう魔力の流れに、ルークは、雷魔法(極級)『雷撃縛(サンダー・バインド)』を組み込んだ。    

名付けて、”逆流ドッキリ”。  

ファビウス家の別邸にある召喚陣を起動させるために、術者が自身の魔力を流し込んだその瞬間、その魔力ごと、魔力の流れによって、押し返され、より増幅された雷撃となって術者自身に襲いかかる。

つまり倍返しである。 

まず、間違いなく、雷撃を受けた術者は、”感電死”するだろう。  

そして、この工作の最大の特徴は、召喚陣自体が「余波で壊れた不具合品」に見えることであった。  

第三者の介入を疑う余地を与えず、「運が悪かった」あるいは「術者が未熟だった」という結論へ、自動的に導かれる(予定)はずだ。

ルークは、召喚陣の内部から脱出し、召喚陣を閉じると、最後に隠蔽(極級)を施して、自身の魔法痕を完全に消し去る。


「サンタクロースの役目は果たした....次は、護衛の役目を果たしに行こうか....」

ルークは満足げに、そして少し(自身の中では)キザに呟いた。  

これでオールデン家の危機は、今度こそ完全に去った。

リーシャの最終的な運命はともあれ、原作と異なる運命に、自身の手で変えることができた。

今は、それだけで満足であった。 

ルークは、「ふっ...」と(自身の中では)キザな笑みをこぼすと、風魔法(極級)を発動させる。

足元に圧縮された風が爆ぜ、ルークの体は夜空へと吸い込まれていった。  

影から実体へと戻る感覚を楽しみながら、彼は市場で待つ分体のもとへと急いだ。


さて、少し、時は遡る。

聖夜の祝祭に沸く王都の喧騒の中、リーシャ・オールデンは、予定よりも早く食材の買い出しを終えて屋敷へと帰還していた。  

いつもなら使用人が出迎えるはずの門には誰もいなかった。

まるで、誰もいないかのような静寂であった。

その静寂に、彼女の鋭い直感は警鐘を鳴らしていた。

(…嫌な予感がするわ....)

リーシャがちょうど、左右の庭園を通った時であった。

「サンタクロースの役目は果たした....次は、護衛の役目を果たしに行こうか....」

(??...誰かいるの...!?)


それは右の庭園から聞こえるようだった。

リーシャは気配を殺し、右の庭園へと向かった。  

家の壁からそっと顔を出し、庭の様子を伺う。  

その瞳に映ったのは、この世のものとは思えない異様な光景だった。    

庭園の隅。ライトアップされた花々の影に、さらに「濃い影」が浮かび上がっていた。  

背格好は高く、筋骨隆々。まるで、夜そのものを切り抜いて形作ったような巨漢の影のように思えた。  

しかし、人の姿はどこにもなかった。ただ、影だけがそこに存在していた。

(幻覚でも見ているのかしら.....)

「ふっ....」

そう思った矢先、影が、低く重厚な声を漏らした。  

そして、その直後、巨大だった影は瞬時に小さくなり、地面に溶けるようにして消え去った。    

リーシャは数秒間、息をすることすら忘れて立ち尽くしていた。

(どうなってるの……? まるで、伝承の……)  

リーシャは、自身の見た出来事を両親に報告するべく、玄関へと向かった。


――さて、場所は移って、王都の市場。

ルークが『ベリー・ナイスー・ストアー』に戻ったのは、分体が魔法板の選別を始めてから三十分ほどが経過した頃だった。  

店内に滑り込むと同時に分体を消滅させ、入れ替わる。  

シンシアは、椅子にちょこんと座り、ルークの黙々と続く作業を見つめていたようだった。

その瞳には、一分一秒を惜しんで魔法板と向き合う「無能なはずの少年」への、奇妙な敬意が混じっているように思えた。

ルークは、鑑定(極級)を発動させ、すべての魔法板の中から最も品質の良い二枚を選び出した。

そして、誰にも悟られぬよう、品質を確認するふりをして、二枚の魔法板に指先から魔力を流し込んでいく。  

回復魔法(極級)『輪廻復元(サイクル・レストア)』。

それは、対象の状態を一定時間前の「無傷の状態」に強制的に固定する回復魔法だ。  

アリスがどれほどヒステリックにこの板を叩き割り、粉々に砕こうとも、次の瞬間には原子レベルで元の形へと復元される。  

回復魔法の痕跡は、勿論、隠蔽(極級)で隠蔽済みだ。

一応、この店の品質が良いと言い訳するために、眼前の全ての魔法板にこっそりと同じ回復魔法(極級)と隠蔽(極級)を付与しておく。


「……シンシア」

ルークは作業を終え、静かに少女の名を呼んだ。  シンシアがびくりと肩を揺らす。

「今も俺の従者になりたいのか?」

唐突な問いに、シンシアは一瞬だけ言葉を詰まらせた。  

だが、すぐにその大きな瞳を潤ませ、しかし力強い意志を込めて頷いた。

「……なりたいですっ!孤児だった私を、色眼鏡で見ずに扱ってくださったのは……ブルドグ様と、貴方だけでした。今までの人は、私を……薄汚い子供として見下したり、手を上げられたりしてきて.....そのたびに、ブルドグ様が止めてくださるのですが....」


シンシアの声が少し震えていた。   

「ブルドグ様の家は、決して裕福じゃありません。だから、ブルドグ様はいつも言っていました。お前はもっと、いいところで暮らすべきだって……。私も、あの方の負担になりたくないのです。だから、どうか……お願いします」

ルークは彼女の言葉を、静かに受け止めた。どちらにせよ、精霊魔法を扱える時点で、ルークの腹は決まっていた。

 

「……選び終わったから、ブルドグを呼んできてくれ」

シンシアは、自身の思いが通じたかわからず、少し躊躇ったようだったが、ペコリと頭を下げると、ブルドグのもとへと走っていった。

ブルドグが姿を現すと、ルークは、選んだ二枚の魔法板を見せ、ブルドグに告げた。

「峻別は終わった。この二枚を買う……」

ルークは代金を払うと、続けざまにブルドグに告げた。

「シンシアを従者にしたい。構わぬか?」

「へぇ....構いません。構いませんが....」ブルドグはどうやら、シンシアを預けるべきか悩んでいるようだった。

それもそのはず、数時間前まで他人同士だったわけだから。

ルークは、淡々と告げた。

「専属従者にはしない。あくまで『ただの従者』として契約したい。どうだ?」

 

「専属従者」は、主人の命令が絶対であり、一種の奴隷契約に近いものだ。無論、奴隷契約のように、魔法による強制力があるわけではないため、あくまでこの国の法律に(のっと)って契約されるいわば、”書面契約”である。

対して「ただの従者」とは、書面契約である点は同じであるが、「専属従者」と比べると、どちらかというと、雇用関係に近いものである。  

そして、両者の決定的な違いは、シンシアの意志の優先度である。

『専属の従者』ならばルークの意志が第一であり、絶対であるが、『ただの従者』であるなら、相手が”取り決め”以上の金額さえ払えば、シンシアの意思が第一優先となる。


さて、先にも述べたように、”書面契約”は奴隷契約のように魔法を介さないため、その効力に強制的な力は伴わない。

しかし、破られれば、”信用”を失うことになる。

特に、ブルドグのような商人にとって、”信用”というのは、非常に大きな価値を持つため、ある意味、商人にとっては、契約を破った際の代償が、奴隷契約よりも大きいと言っても過言ではなかった。


「取り決め金額はどうなさるおつもりでしょうか?」ブルドグは丁寧に尋ねた。

「ゼロに設定しよう」 ブルドグは驚きつつも、「ありがとうございます」と感謝の言葉を口にした。


ルークの提示した条件は、「雇用」側に不利なものだった。  

シンシアが「辞めたい」と思えばいつでも辞められ、他に良い条件があればそちらへ行くこともできる。

シンシアの自由を、彼女自身の手に委ねたのである。  

「俺は、俺のために、シンシアを使いたいだけだ」ルークは冷静にそう告げた。

(精霊魔法は役に立つかもしれない....ここで恩を売っておいても損はないだろう.....)


「……よかったな、シンシア! よかったな!!」

ブルドグは、涙を流しながら、なぜか顔を赤らめているシンシアの頭を乱暴に、しかし優しく撫でた。  

ルークはその光景を、どこか居心地が悪そうに眺めていた。


「あ、そうだ! ちょっと小せぇけどよ……これ、使ってくれ....」

ブルドグが店の奥から出してきたのは、くたびれた革製の袋だった。  

ルークは鑑定(極級)を発動させる。

【鑑定結果:簡易型アイテムボックス。容量:中型。耐久性:低】

「……ありがたく使わせてもらう....」

ルークは感謝を伝え、魔法板二枚をその袋にしまい込んだ。    


ルークは店を出る直前、店内の空気そのものを書き換えるように指を弾いた。

錬金(極級)『饗宴錬術(フェスト・アルケミスト)

付与魔法(極級)『護形付与(ガーディアン・シール)

棚に並ぶ干し肉は、芳醇な香りを放つ至高の薫製へと昇華され、売れ残りのパンは焼き立て以上のふんわりとした食感と滋養を宿す。  

さらに、古びた店の壁や商品すべてに、城壁をも凌駕する破壊耐性が付与された。  

無論、ルークの痕跡は、隠蔽(極級)で隠蔽済みであり、『ベリー・ナイス―・ストアー』の商品や食品がもとから良かったように細工済みである。  

ジャックやゼシードへも然り、もらった”もの”は、倍にして返す。

それが、今世のルークの流儀であった。    

ルークはシンシアを連れて店を後にした。  

夜の王都を歩く二人の背後には、依然として監視の目が張り付いていた。

(さて、帰れば、馬小屋。シンシアもいることだし、アリスに待遇改善をねだってみるか....)


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