雇われ六尺刀
私に当てられた果たし状、それが矢文で自宅へ刺さっていた。鹿原にて決闘をしろとの内容、送り主の名は特に書いていなかった。私は炊いた白米を茶碗によそい、みそ汁を椀につぐ。焼けた魚をさらに移し、朝食の完成だ。魚には檸檬と大根おろしで頂く。
「頂きます」
朝食を食べ終え、外に出て稽古を始める。私の扱う得物は六尺刀、大太刀と呼ばれるものだ。いつも岩塊を背負って走り、七尺の竹を振る。汗をかき、常に鍛練を怠らない。夕刻になり、示されていた決闘の時間が迫る。火をおこし、ふろを沸かして湯につかる。決闘前に全身の力を脱力させるのだ。
髪の毛を乾かし、いよいよ鹿原へ向かう。四半刻歩き鹿原へ着き、辺りに誰も見えぬが微かな気配を感じる。
「我こそは吾妻 雪子なり! 矢文を受け取り参った! 姿を現せ!」
静かな野原に大きな声が響くが誰もいない…微かに風切り音が聞こえ、素早く刀を抜刀し一気に振り払う。飛んできていた二本の矢が弾かれ目の前に折れて落ちた。
「卑怯者が! 出てこい!」
すると遠く木の陰から三人が現れる。先頭の一人は刀を携え、後ろの二人は小型の弓を手にしている。
「貴殿、果たし状を送りながら三人とは卑怯であるぞ!」
「ふん、何人とは書いておらん。ゆくぞ」
名乗りもせず刀を抜き放ちこちらへ突進してくる。リーチでは勝っているので落ち着いて後退しながら相手の攻撃をいなす。時折飛んでくる矢も刀のつばで弾き、何とか身を護る。距離を詰められると不利なので、可能な限りは離れて戦闘したいが相手もそれを許さない。
「この…!」
相手の刀を逆袈裟に弾き、返す刀で袈裟に斬りおろす。
「……み、見事なり」
カハっと血を吐いて敵は絶命し、お付きの二人も逃げ出した。ざっと一刻半は激闘を繰り広げていただろう。刀の血振りをして納め、その場で敵の供養をする。いくら卑怯でも決闘相手には敬意を払うものだ。
近づく気配を感じ、咄嗟に抜刀しながら起き上がる。そこには藍色の着物を着た少女がいた。
「名を吾妻雪子と申す。名を名乗られよ」
少女は深く礼をし、詫びをする。
「私に名は御座いませぬ故、何卒ご容赦願いたく存じます。御屋形様が貴方様に一目会いたいと仰られまして……不躾ながら参った次第で御座います」
彼女からは敵対の意図を感じない。それより花の香りがする、優しい香りで思わず魅入ってしまう様なそんな少女であった。我に返り刀を納める。少女に何処の屋敷かと尋ねると南原町の屋敷だという。南原町と言えば……そう思いながら付いて行く。後ろ髪を青いかんざしで止め、白い髪の毛を結って団子にしてある。子供の様でどこか大人びた人物だと思った。
町の中心から少し外れたところ、北西に位置する屋敷に到着した。少女は、
「例の方を連れて参りました」
言うと門が開き中に居た槍を持った兵士が出てくる。
「吾妻殿、よくいらして下さりました。ささ、どうぞ中へ」
門番は入れ替わりで外に出ていった。
「御屋形様が来るまでこちらでお待ちください」
応接の間に案内されそこに待たされる。著名人の描いた絵巻物が飾られているところを見るにかなりの資金を持っている。腰に帯刀している刀と、さらしに巻いてる短刀を畳に置く。日焼けもしていないのに、月がよく見える応接の間だった。
「お待たせいたしました吾妻様」
先程の少女が御屋形様とやらが出てきた。身長は180はありそうな体格の男性が入ってくる。彼は扇子のみ所持しており、他に持ち物もなく少女と同じ柄の藍色の着物を着ていた。
「突然の呼び出し申し訳ない。ここの屋形の長、加藤 佑作 と申します」
「いえ、噂はかねがね…こちらこそ決闘後故、着物が血濡れで申し訳なく」
「気にしないでください。本日はその腕を見込んで頼みがあります」
「私に?」
「はい」
こんな長い得物を使う女は珍しいだろうが頼みごとを、しかも加藤家というこの小山の国一番の石高を持つと名高い家の御屋形様が何を依頼してくるのか……思わず固唾をのむ。
「実は最近暗殺の噂が立っていて……貴殿には屋形の守衛をお願いしたいのです」
登場人物
・吾妻 雪子
吾妻家の次女で、現在は山で一人暮らしをしながら六尺刀の使い手として稽古に励む。
また通称”百人切りの吾妻”と呼ばれており、文字通り百人以上に挑まれ勝利を重ねてきた。始めこそ、その刀身をもつ女性などと高をくくった剣士が挑み返り討ちにあったが、今では卑怯な手を使っても勝てないのではと言われるほどの剣豪である。
・御屋形様(加藤 佑作)
加藤家四代目当主、常に成長しその勢力を広げ、今は小野家と戦中である。戦は側近が指揮を務め、佑作は主に経済の事を取りまとめ、戦の最初の布陣を指示し後方から軍勢を支えている。しかしながら、昨今屋敷に忍び込むものが居り、そいつは小野家の家紋の入った刀を所持していた。故に暗殺の疑惑が立ち、今回剣豪と名高い雪子を呼んだ。
なお決闘は佑作が仕込んだ腕試しである。




