第03話: 『転生』
3話 転生
浮かび上がった無数のスキルパネルを眺めていると、ひときわ異質な文字が目に飛び込んできた。
「……出生?」
思わず声に出してしまう。
すると天使は、にこりと笑みを浮かべながら問い返した。
「出生が気になりますか?」
勿論だ。今まで読んできた転生もので、出生を選ぶなど聞いたことがなかったからだ。
「出生って……具体的には何が選べるんだ?」
驚きが隠せず、思わず問い返す。
天使は静かに頷き、淡々と説明を始めた。
「出生は基本的に“人間”として、どこに生まれるかを選べます。上から――王族、貴族、平民、孤児の四つ。もちろん、上に行けば行くほど必要となるスキルポイントも桁違いに多くなります」
ここまでは事務的に聞こえたが、天使は意味深に続けた。
「ただし……選択肢はそれだけではありません。貴方様には“特別に”別の種族での出生も許可されております」
「別の種族……か」
おそらく、亜人や魔族といったところだろう。だが俺は人でいい。それよりも、もっと気になることがある。
「王族や貴族には、いくらスキルポイントが必要なんだ?」
問いかけると、天使は小悪魔のような微笑みを浮かべて答えた。
「王族で十万。貴族では五万スキルポイントが必要です。……貴方様なら、大丈夫かと思いますけれど」
十万――。
興味本位で王族も考えてみたが、出生だけでそのコストはあまりにも大きい。
俺はすぐに覚悟を決め、天使に告げた。
「……出生は、貴族で頼む」
天使は静かに首を縦に振った。
「かしこまりました。それでは、出生は“貴族”で決定いたします。ゆえに――五万スキルポイントを頂戴いたします」
淡々とした声が響くと同時に、目の前のパネルから数字がすっと減っていく。
これで残りは九十五万。
次は何を選べるのか、と考えていたところで、天使がすかさず口を開いた。
「それでは次に、貴方様お待ちかね――“魔法の適性属性”の選択に移ります」
魔法。その言葉に、胸が高鳴る。
剣と魔法の世界と言われて、真っ先に思い浮かぶロマン。それを自分で選べるのかと思うと、自然と口元が緩んでしまった。
だが同時に、気になることも多い。
俺は天使に質問を投げかける。
「魔法の属性って、どんな種類があるんだ? それと……属性ごとに必要なスキルポイントも教えてくれ」
「かしこまりました」
天使はそう言うと、すぐに魔法の説明を始めた。
「まず大前提として――魔法には“火、水、風、土、闇、光”の六種類の基本属性と、“雷、氷、重力、金属”の四種類の上級属性が存在します」
「……つまり、全部で十種類か」
俺は思わず指を折って数えながらつぶやいた。
天使は頷き、さらに続ける。
「普通の異世界者は、基本属性から一つ、稀に二つ。ごく希少に、上級属性を生まれ持つ者もおります。ですが――全属性を持つ者は存在しません。
……ただし、貴方様は“特別”ですので、全属性の所持を許可されております」
「……!」
思わず息をのんだ。
「なお、消費スキルポイントは、基本属性一つにつき一万。上級属性は一つにつき三万となります」
計算はすぐに終わった。
基本が六万、上級が十二万。合わせて十八万。
残りは七十七万――十分すぎる。
「……なら、答えは決まってる」
俺は天使をまっすぐに見据え、告げた。
「全属性所持で、頼む」
その瞬間、天使の翅が大きく揺らめき、宇宙空間に虹色の光が広がった――。
次は何を選べるのか――胸の高鳴りが止まらない。俺が尋ねるより早く、天使は静かに告げた。
「続いては、特別魔法と固有スキルの選択となります。このスキルパネルからお選びください」
視線をパネルに移した瞬間、妙な表示が目に飛び込んできた。
「……鍛冶Eランク?」
思わず声に出してしまう。
天使は微笑みを浮かべ、淡々と説明した。
「固有スキルはSからEまで六段階。ランクが高いほど、必要となるスキルポイントも跳ね上がります」
なるほど……強さと代償は比例するということか。
五分ほど熟考した末、俺は決断した。
「特別魔法は《飛行》と《ワープ》。固有スキルは《鑑定眼》S、《隠蔽》S、《剣術》S――これで頼む」
天使は恭しく頷き、すぐに計算結果を告げる。
「承知いたしました。特別魔法《飛行》《ワープ》で十万スキルポイント。固有スキル《鑑定眼》Sが十万、《隠蔽》Sが二万、《剣術》Sが五万――合計十七万。総計、二十七万スキルポイントの消費となります」
数字を聞き、思わず息を呑んだ。常人なら破産ものの額だろう。だが、後悔はない。
「……いいだろう。それで決定だ」
「それでは、次の選択に参ります」
天使の声に、俺は思わず姿勢を正した。残り五十万スキルポイント――半分を切った今こそ、慎重にならなければならない。
「次の選択は、姿でございます。顔や髪、体格などを自由に決められます」
俺は少し考えたが、すぐに首を横に振った。
「姿は……選択しなくてもいい」
口にした瞬間、自分でも驚いた。だが、スキルポイントを外見に割く余裕などない。
天使は静かに微笑み、答える。
「かしこまりました。それでは姿はランダム設定といたします」
正直、それで十分だった。問題は――次だ。
「……次は何を選ぶ?」
天使の唇がゆるやかに弧を描いた。
「これで最後となります。最後の選択は、“加護”です」
再び光のパネルが広がる。だが、今度は数が桁違いだった。ざっと見ただけでも百を超える加護が並んでいる。目移りする中、ひときわ異彩を放つ項目に目が止まった。
「これは……」
桁が一つ違う。普通は数万で済むのに、五十万。残りすべてを注ぎ込む必要がある。だが、不思議と迷いはなかった。
「決まりましたか?」
天使の声は、先ほどよりも柔らかい。
「はい。これにします」
俺は指先で選択を示した。
――加護スキル《天使エリシアの加護》五十万スキルポイント。
その瞬間、天使の表情がわずかに揺れる。驚きと……喜び、そしてほんの少しの寂しさが混じった顔。
「……かしこまりました。これをもって、全てのスキル選択が完了いたしました。では、転生を開始いたします」
言葉が終わると同時に、視界が真っ白に塗りつぶされる。
次に目を開けたとき、俺の瞳に映ったのは――見知らぬ天井だった。