第01話: 『神の手違い』
1話
「本当に申し訳ございません」
俺の死を告げるかのように、女神は深く頭を下げた。
けれど――何に対しての謝罪なのか、俺にはまだわからなかった。
「実は貴方様は、神の手違いによって死んでしまったのです」
女神は静かにそう告げた。
だが俺には何を言っているのか理解できず、頭が真っ白になる。
死んだのは事故のせいじゃなかったのか――?
そう思い、俺は女神に問いかけた。
「……俺が死んだのは、飛行機事故のせいじゃないのか?」
すると女神は、小さく首を横に振りながら答える。
「いいえ。貴方様はあの日、本来なら出張には向かわないはずだったのです」
その言葉を聞いた瞬間、俺は何が何だかわからなくなり、咄嗟に叫んでしまった。
「どういうことなんだ!? 女神様!」
女神――いや、天使は少し驚いたような顔をしたが、すぐに平常心を取り戻し口を開けた。
「自己紹介が遅れました。天使のエリシアと申します」
――どうやら、このエリシアという女性は女神ではなく天使だったらしい。そんな驚きも束の間、天使は続けた。
「あの日、出張に行くのは貴方様ではなく、別の方のはずでした。ですが、先ほども申し上げたように、神の手違いにより貴方様が出張に行くことになり、死ぬ運命になってしまったのです」
天使の言葉に少し驚きはしたが、俺はすぐに平静を取り戻した。
すると逆に、天使の方が目を丸くして問いかけてきた。
「驚かないのですね。……嫌ではなかったのですか?」
その言葉を聞いて、俺は淡々と答えた。
「驚きはしたが、嫌ではなかったな。今の人生に楽しみなんてなかったからな」
そう、俺の人生はお世辞にも良いものとは言えなかった。
二十七歳、童貞、普通の平社員。
上司にはこき使われ、後輩には舐められる。給料は雀の涙程度。もちろん今まで彼女ができたこともない。
今の人生に楽しかった思い出など、微塵もない。
だからこそ、自分の死を、あまりにも簡単に受け入れることができたのだ。
そんなことも束の間、天使は俺に告げた。
「それでは今から、貴方様には二つの選択肢のどちらかを選んでもらいます」
死後の世界に選択肢があることに驚きつつ、俺は尋ねた。
「その、二つの選択肢とは何なんですか?」
天使は、嬉しそうに微笑みながら答える。
「よくぞ聞いてくれました」
そして一つ目の選択肢を提示した。
「まず、一つ目の選択肢ですが、これは、今の世界に生物としてランダムに転生することです」
“ランダム”という言葉に引っかかったが、それは魅力的に思えた。
すかさず天使は、二つ目の選択肢も示した。
「二つ目の選択肢は、転生はせず、死後の世界を楽しむのです」
死後の世界を楽しむ――?
抽象的すぎて、正直ピンとこない。
そこで俺は質問した。
「死後の世界って、どんなところなのですか?」
天使は優しく微笑み、問いを返した。
「死後の世界とは、天界のようなものです。することと言いますと生物の観察ですね。特に面白くはありません。ほとんどの人は一つ目を選びます」
そう言われ、俺も一つ目を選ぼうと思った――その時だった。
天使は、俺の意識を遮るかのように告げる。
「ですが、貴方様は特別です」
ピンとこず、俺は聞き返した。
「何が特別なんですか?」
天使は小悪魔のような笑みを浮かべて答えた。
「貴方様には、もう一つの選択肢がございます」