6. ポーションと欠かせない仕事
" ――ぐらっ。
足に力が入らず、そのまま床へ崩れ落ちた。冷たい石に顔面を押しつけても起き上がれない。
……完全にガス欠。今日は魔力の無茶使いが多すぎた。おまけにロクに食べてもいないせいで、視界はぐるぐる、胃はきゅうきゅう。
こんな時、気絶でもしてくれれば楽なのに。残念ながらその権利も剥奪済み。覚醒したまま、めまいと吐き気の荒波に耐えるしかない。
「……うぅ」
石の冷たさを額で感じながら、どうにか時間が過ぎるのを待つ。どれくらい経ったろう、ようやく回転が止まり、吐き気も薄れてきた。
上体を起こして首筋の冷汗を拭い、深呼吸を二回。――まだふわふわするけど、立てる。
さっきの嘔吐未遂で唾が数滴、床に残っている。……反省。もう大工事は当分お預けだ。
とりあえず裏庭で石を拾って即席の炉を――
ガラッ。思考の途中で、裏口が勢いよく開いた。
『看板、持って来たよ――わっ!』
村長が悲鳴を上げ、コウモリの翼をばさっと膨らませた。たぶん、相当ひどい顔色なんだろう。
『ちょっと……顔色、悪すぎない?』
ほっそりした指で腹を突かれた瞬間、胃が再びひっくり返る。
「……ぐっ」
危なかった。声だけで済んだ。
『わ、わかった! 触らない触らない! ウィル―! 看板付けといて!』
「オレは大猫じゃない……」
正面口から獣人のぼやき。どうやらまた便利屋扱いらしい。……吐く前に頼み事だけ。
「石、裏庭から……炉、作りたい……」
『了解っ! じっとしてて!』
翼を大きく広げたかと思うと、村長は疾風のごとく飛び去った。たぶんしばらく帰ってこない。じゃあ表で働くウィルの様子でも。
彼は小さめの脚立に乗り、拳で釘を叩き込んでいた。木製の看板には『燭光道具店』。癖あり芸術フォント。
「お疲れ」
「へーきへーき。昨日のポーションのおかげで看板代払っても金が余ったしさ」
……転売、速いな。
「ウィ……」
その瞬間、彼の身体が石像化した。
「名前はウィルリア、略してウィル! “大猫”禁止、ニャ!」
銀白の毛を揺らして必死の抗議。
「了解、ウィル。引き続きよろしく」
「はいっ、ウィッチさん」
呼称を変えただけで、実直モードに戻った。任せて二階へ退避。ベッドにダイブしてまどろむ――
* * *
『起きて起きてー!』
まぶたを開けると、村長が枕元で満面の笑み。めまいはもう消えている。
『炉、完成! ウィルのおかげ!』
「ウィルだってばーーーー!」
隣室から悲鳴。……気にしない。腕を引かれ、改装済みの調合室へ。壁際には見覚えのある炉。
「……これ、私のじゃ」
『うん! 持って来てピカピカにした!』
やっぱり。
『穴も塞いだから――ぎゃっ!』
頭をわしづかみにしてピンク髪をぐしゃぐしゃ。
『痛い痛い! 悪かったって!』
結局、運ばせたのはウィルなんだろう。まったく、悪魔は働かない。
『返そうか? また運ばせる?』
「……もういい。二度手間だし」
解放された村長がほっと息。ウィルは遠巻きにニヤリ。夕日が橙色の光をガラス越しに投げ込む。
「夕飯、何か食べたい?」
椅子に腰を下ろすと、ウィルの瞳が輝いた。
『ほんと? 何でも?』
「常識の範囲でね」
村長まで目をキラキラさせ、ぐっと顔を寄せ――
『女巫さんの血、ひとくち――』
再び頭ををわしゃわしゃ。
『ひゃあ! ごめん! もうしない!』
ウィルの輝く瞳が一瞬で恐怖に変わる。
「俺は……焼き肉でいいです……レアで……」
遠慮がちな注文。これならヨセフの店で解決だ。
「小灶券か! 今日はいいもの食えるぞ!」
私のヨセフ特典を数枚分ける。今日はほぼウィルが働いてくれたし。
「ありがとう、今日は世話になった」
「いえいえ、これだけあれば……ああ、もう香りが! じゃあ連れて行きますね!」
ウィルが気絶した小コウモリを軽々と担ぐ。
「またね!」
「うん、またね」
手を振って見送り、作業室へ戻る。
さあ、薬作り開始。使い慣れた暖炉はやっぱり火加減が楽。
鍋に材料を放り込み、火を強める。乾燥棚の薬草を処理して……瓶作りは今日はパス。
もう頭がぼんやりしてる。
根気と技術の勝負をしながら、夜は更けていく。
明日にはこの薬が棚に並ぶ。どんな一日になるんだろう。お客さん、来てくれるかな……。
"