3. 神に見捨てられた、けれど栄える村
" 馬車が樹海沿いの道をことこと進む。耳に入るのは車輪の軋みと小鳥の囀りぐらいで、景色も代わり映えなし。……うーん、眠い。
こんな退屈なときは、目的地のことでも考えて気を紛らわすしかないか。
向かう先はライバリ。村と呼ばれてはいるけど、規模は下手な町よりずっと大きい。交易で潤い、食糧も自給自足。城壁も戒律もないけれど、治安は良好――元冒険者たちが“自宅”を守ってるおかげらしい。住民、けっこう筋金入りなのよね。
壁がないぶん魔物の襲撃や戦火のとばっちりは日常茶飯事。それでも物流と人口の回転力で、あっという間に立て直すタフさ。
初代の村長は老兵だったとか。貴族だの王族だのの権力争いにもう付き合わない――自由に生きたくて村を興したらしい。もっとも、その人は古傷が再発して早々に逝った。実務は若い副官が引き継いで、彼がまた徹底した無神論者でね。教会? 神殿? 全部ノーサンキュー。だから村には信仰施設ゼロ。
当然、司祭も僧侶もいない。けど腕利きの医者は山ほど集まってる。治癒魔法より時間はかかるけど、後遺症ほぼなし、料金も庶民価格。長期療養にはむしろ理想的ってわけ。
……とまあ、発展史の細かいところは正直よく知らないけど、今のライバリが活気に満ちてるのは事実。
――ガタン!
馬車が石を踏んで跳ね、思考がぶった切れた。あやうく草むらに突っ込むところ。闇暮らしが長すぎて、反射神経も鈍ったかなぁ……。
馬を止めると、二頭は勝手に道脇の草をもぐもぐ。
わたしも腰袋から固くなったパンを取り出し、ぼりぼり。普段はほとんど食べないけど、何か胃に入れたほうが頭がしゃっきりするんだ。
美味いもの? もちろん大好き。でも財布が叫ぶたびに妥協してるだけさ。
馬たちが食休みのジャンプで元気アピール。
「はいはい、行くよ」
手綱を掛け直すと、お利口さんに戻ってくれた。
再び進むと、遠くに巨大な村が姿を現す。田んぼ一面まだ青い稲――夕陽を浴びてキラキラ黄金色。
「今年は豊作、間違いなしだね」
村内に入る頃には晩飯どき。通りは閑散。酒場で在庫を捌いて小銭に換えよっと。そういえば、ここの料理もしばらくご無沙汰だ。
扉を開けると、冒険者たちが腕相撲だのコイン賭けカードだの、相変わらず賑やか。
「イエァッ!」――どうやら勝負がついたみたい。
「おおっ、我らが魔女嬢ちゃんじゃねぇか!」
声の主は店主のヨセフ。図体も顔の刀傷も山賊くずれっぽいけど、中身は人当たりのいい元冒険者。
「今回も持ってきたよ」
色とりどりの小瓶をカウンターに並べる。ヨセフ御用達、いわく“魔女特製スパイス”。普通の香辛料より旨くて、ちょいと不思議な効果付き。
「いやぁ、嬢ちゃんの供給が切れると料理の味が落ちちゃって困るんだわ」
「そこまでじゃないでしょ。ヨセフの腕も大したもんだし」
視線を感じて周りを見れば、客たちがこっちを凝視。……え、ちょっと失礼ですよ? お酒続けて?
多分“魔女”ってワードが引っかかったんだろうけど。
「よーし諸君! 今日は奢りだ、たらふく食え!」
ヨセフが場を仕切ると、歓声がどっと上がった。
「嬢ちゃんも付き合え。ジュースでも何でも」
タダ飯を断る理由がある? 遠慮なくいただきます。
厨房から次々と皿が運ばれ、香りが湯気ごと視界を満たす。
スパイス入りだとやっぱ違うなぁ……。
「その肉はオレの!」
「チキン! チキン! 辛ダレ多め!」
「濃厚スープ早く! 一日の戦闘の疲れが取れねぇ!」
騒ぐ冒険者を横目に、わたし用のソーセージ盛りが配達。ヨセフが隣に腰を下ろし、酒瓶をどん。
「感謝。いただきます」
彼は大きく首を振り、木杯にどぼどぼ注いだ酒を一気飲み。満タンだったけど……。
「それもこれも嬢ちゃんのおかげさ。普通の香辛料は高すぎて量使えねぇ。まったく助かる」
それから少し声を潜めて。
「ところでだ……薬を売ったら、また出るのか?」
「どうしたの? ヨセフが行き先を気にするなんて珍しい」
いつもなら売り切ったら樹海へUターン。それを知ってて、誰も突っ込まなかったのに。
「あー、村長がさ。一度でいいから嬢ちゃんに会いたいって。何企んでるやら、オレも知らんが」
「わかった。後で顔を出すよ」
村長、わたしに何の用だろ……? まあ考えてもわからない。まずは商売だ。
宴が一段落すると、客たちは暇つぶしモード。カード、腕相撲、もちろん賭け付き。安いのは酒一杯、高いのは金貨や武器、命以外なら何でもアリ。
卓上に薬瓶を並べると、さっそく買い手が。
「これ、売り物か?」
第一号は異人族(イリン族)の大男。人型だけど尖った耳と獣じみた気配――ヒョウ系かな? 身長はヨセフより上。猫背だから余計でっかい。
「うん、全部一律で金貨1枚」
「安すぎるだろ? 瓶だけで金貨1枚超えるぞ!」
耳がぴくぴく。
「昔からこの値段だよ」
「ヨセフが言ってた魔女ってお前だな?」
魔女は教会の教義じゃ邪悪認定。けど異人族はむしろ歓迎してくれる。ここは無宗教地帯、人と異人が仲良くやってる珍しい場所だしね。
「助かる! 全部もらう!」
小袋を渡される。中には三十数枚。持って来た薬は二十瓶しかないんだけど……。
「釣りはいらねぇ。また入荷したら頼む。それと――」
「ん?」
見上げたら首が痛い。ほんと背高い。
「……村長が迎えに来いってさ」"