10.うごめく狂信者たち
" ヨゼフが大猫を奥へ運び終え、ひとり戻って来た頃にはすっかり深夜。
眠りこけた酔っぱらいが数人いるだけで、店内はしんと静まり返っている。
「先に言っとく、今回は相当やばい話だ」
ヨゼフは棚からグラスを2つ取り出し、水を注ぐ。酒を口にしない私への気遣いだ。
どうやら冗談では済まないらしい。
「最近、“古代の魔神”が復活したって噂が飛び交ってる」
……古代の魔神。初耳だ。森から出ない生活が長すぎたか。
「奪った財宝は数知れず、すでに10人が犠牲になったって話だ。
貴族が教会に泣きついて、連中は兵と冒険者をかき集めて待ち伏せを始めた」
昼間見かけたあの新米たち——さすがに徴兵はされてないだろうが。
「ただの風聞なのに、妙な熱狂が広がってる」
ヨゼフはポケットから小瓶入りの聖水をポンと置く。
どういうこと、と目配せすると、彼は眉をひそめた。
「聖水が必要って意味じゃない。ただ、本当にやばいんだ。
ここは砦並みの守りがあるとはいえ、相手は上古の魔神だぞ?」
私がうんともすんとも言わないせいか、ヨゼフは頭を抱える。
なるほど、聖水が高騰しそうね。
「違う! いや値は上がるだろうけど……頼む、いざとなったら手を貸してくれ」
聖水は稼げそうだが、村長は聖水嫌い。困ったものだ。
「……わかった」
軽くうなずくと、ヨゼフは胸を撫でおろした。
「最近の教会は過激だ。“聖教光”とか言って異種族狩りを再開しそうだ。気を付けろよ」
“聖教光”——神意を盾に異種族を虐殺する、あの忌まわしい運動。
思わず指に力が入り、木製のカップがパキッと悲鳴を上げた。
「弁償はする」
「あんたが怒る顔、初めて見た。カップはいらねぇさ、代わりに今度スパイス多めで頼む。
――もう遅い。帰んな」
* * *
店の前に戻ると、錠前が粉々。
中から物音……ネズミだ。
「急げ! 女が戻る前に!」
「ビビるな、女一人だろ?」
夜間営業はしてません、と声を掛ける。2匹のネズミが振り向き、刃を抜いた。
「動くな! 動いたら殺す!」
暗闇で私の位置さえ把握できていないくせに、薬棚へ向かって怒鳴るとはご立派。
「袋を置けば許す」
返事代わりに飛んできた匕首が腹に突き刺さる。痛ッ。
——油断した。
勝ち誇った賊の顎に拳を叩き込む。ゴキッ。即ダウン。
飛び散った血が手の甲を赤く染めた。
「さぁ、もう一匹」
残りは腰を抜かして空を切るだけ。
腹から抜き取った匕首を肩に返し、続けて拳。ボゴン。静寂。
魂光球が2つ、ふわりと浮かび上がり、ランタンへ吸い込まれる。
ガラスに映った瞳が深紅に染まり、瞬き一つで蒼へ戻った。
十字架ペンダントが2つ。安物ではない、護符付き——教会の人間か。
嘲笑とともに、アクセサリー棚へ吊す。値段は鉄銭1枚で十分。
夜が明け、パンの香り。開店準備に取りかかる。
* * *
最初の客は例のフード男。
昨夜ネズミが倒れた場所を確認し、アクセサリー棚で十字架を手に取る。
「こ、これ……いくら……?」
「鉄銭1枚」
人差し指を立てて強調すると、男の肩が震えた。
「い、1枚……?」
「欲しいなら、タダでもいいわよ」
震えはますます激しく——でも季節はまだ、寒くない。 "




