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1. 悪夢めいた覚醒

"――う……。


目が覚めた瞬間、視界がぼやけて何も掴めない。汗がじっとり張りつき、全身が砂袋みたいに重い。

こんなの、今までにない。……ほんと、きつい。


何度か瞬きを繰り返して、ようやく闇に目が慣れてきた。色を失った室内は、昨日と一ミリも変わらない。

こんなに長く休んだのに、まるで回復した気がしない。深呼吸で気合いを入れようとしたところで、鈍い腹痛がじくり。仕方なく膝を抱えて丸まる。

「……ん、ぐ……」


腹の奥が裂けるように痛む。まだしばらくは動けそうにない。

黒すぎる空間が肺を圧迫してくるみたいで――火を点け直したほうがいいかも。


足はしびれ、力が抜け、失敗作のポーションをひと口あおった後みたい。

たった数歩なのに、遠いなぁ……。


冷えきった木壁に手をつき、なんとか立ち上がる。もこもこスリッパの感触が、かろうじて意識を現世へ引き戻してくれた。

ふらつきながら暖炉脇の椅子に腰を落とす。――というか崩れ落ちた。


「あ~……今回、ひときわ重症?」


頭の中は糊で詰められたみたいにスロー。それでも腕だけは動かして、テーブルのランタンを手探り。

金具をひねると、ぼんやりした青白い灯りが部屋を満たした。漆黒よりは、だいぶ���シ。


ふう……少し楽。

体勢を横にずらし、ランタンの炎を薪にそっと移す。ぱちっ、と弾けて暖炉が明るく息を吹き返した。


「やっぱり……普通の明かりは、あったかいね」


ランタンを消し、指先に付いた燃料を軽く振り払う。

炎の上では、就寝前に仕込んでおいた煎じ鍋。粉薬はすでに固まっている。冷えたら扱いづらいんだよね……。


小瓶に薬粉を詰めてコルクで栓。意外と体は動くのに、汗で貼りつくパジャマが不快極まりない。

またか……樹海(じゅかい)暮らしの後遺症が顔を出したってわけ。


白い寝間着を脱ぎ、いつもの茶色のローブへ。しっとりしたパジャマは暖炉横のラックに掛けて、ぐいっと伸びをひとつ。

「そろそろ……外で陽を浴びたいな」


うわ、自分で声に出しちゃった。独り言が悪化してる。

……あれ、ベルトは――あ、床か。


――う、う、うぅ……


板壁越しに、哀れな遠吠えが突き刺さる。死刑囚の最期みたいな、耳障りな悲鳴。

……また誰か、逝ったか。


陽の届かないこの樹海では、理由も仕組みも不明な現象が山ほど起こる。迷い込んで死んだ者の魂が溶け合い、化物へ変貌する――それだけは観察で分かった。

樹木はみんな“生きて”いて、二十人分はありそうな幹が周囲を静かに喰らう。夜のうちに町を半分飲み込む速度なのに、最近は平和で養分不足らしく大人しい。

腐臭まじりの空気は軽い毒性と興奮作用。獲物の肉を張らせ、魂を怯えさせる、そんな感じ?


そういう諸々が絡み合って、ここで迷う者は最悪の形で死に、魂を汚される。わたしも長居すると、さっきみたいな“病”が出る。

じゃあ出ていけば?――って思うでしょ? はは……。


人間に追われたあの夜が脳裏をよぎる。ほかにも理由はいくつかあって……だから、ここを離れられない。病気と仲良くしながら、ね。

まあ……闇と孤独が長すぎただけかもしれないけど。


「腰袋、腰袋……」


空虚な空気に問いかけながら、長年の相棒を捜索。魔法で容量拡張した大事なポーチだ。

いつの間に枕の下へ? 自分でも謎。

必需品と数枚の硬貨を放り込み、外ポケットにはポーションを数本。わたし自身は治癒薬を飲まないけれど、身分を偽るのに役立つし、冒険者への袖の下にも便利。


よし、出発。


玄関に置いたローブと同色のとんがり帽を被り、小さなランタンを腰に下げてドアを押す。

「げ、げほっ……」


外気はキンと冷え、吸い込んだ途端にクラクラ。けど、もう籠っていられない。太陽と再会して、外の変化を確かめないと。良いこと、転がってるといいなあ。


玄関前には自前の砕石道。まだ道半ばだけど、目指すは闇世界の端。

この樹海では、迷った者が闇に同化し、生き死に問わず凶悪な怪物へと堕ちる。理性も感情もゼロ、ただ破壊のプログラムだけで動く純粋な化物。

けれど陽光を恐れるせいか、外へは決して出ない。……わたしは光、大好きだけどね。


闇を支配していた領主が倒れた後、どういうわけか“悪”の烙印を押されたっけ。いつの話だったかな。

もうずいぶん昔だ。外の世界も、とっくにあの噂を忘れた頃合い……だと助かるんだけど。


闇の中、背後からお決まりの音が――

「……ん?」


すかさず傍の木の洞へ身を滑り込ませる。葉擦れに似た、ぬめった触手がこすれる嫌な音。

……樹海名物、だいたいコレ。


昔は駆除したこともあったけど、始末すればするほど余計な連中を呼び込むだけ。さっさとやり過ごすのが一番。

慣れた暗闇、視力は多少利く。粘液音が遠ざかった頃合いで覗くと――


タコ足みたいな脚の上に泥球、その表面から透けた腕が何本もぶるぶる突き出ている。

「…………」


もう何も言う気になれない。最近また迷い人が増えたんだろう。理由はどうあれ、彼らに帰り道はない。


うっ……めまい。

風邪が治らないまま布団から出た気分。――急いで光に会わなきゃ。


その後は順調。怪物には遭わず、ただ完璧な闇が吐き気を誘うだけ。

やっと、木々の隙間から光が射し込むのが見えた。


「……着いた」


いわば“我が家”とも言える樹海を抜け、瞼を閉じて太陽を浴びる。

朝の陽ざしって、やっぱり綺麗。正直、二度と拝めないと思ってた。


あれ? 向こうの小道を一台の馬車が。ツイてるかも。

樹海近辺を走るなんて、大抵は密輸業者かお尋ね者。ちょっと待てばヒッチハイクできそう。


ポーチから短いメモを取り出す。今回やることは……数えるほど。

馬車がどんどん近づく。見つかったら厄介だし、草陰に身を潜め――


外は今も残酷で、でも美しいんだろうか。

新しい"


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