エピローグ④『東洋経済新報』コラム「湛山言いたい放題」
宰相の座を去り、一人のジャーナリストに戻った石橋湛山が、『東洋経済新報』の主筆として健筆を振るうという設定で、彼らしい視点と毒舌に満ちたコラム。
【その一】「二つの警察」は最大の不経済なり
平沼内閣が発足して早二年。国内の治安は安定し、誠にご同慶の至りである。平沼君の手腕は見事なものだ。しかし、見事であるが故に、私は、敢えて苦言を呈さねばならぬ。
それは、現在の「国家公安軍」と「各府県警察」という、二元的な警察組織のことである。
元をただせば、かの国家警察予備隊は、陸軍という「巨象」を抑えるための、緊急避難的な「虎」であった。しかし、もはや巨象は檻の中に入り、分をわきまえた。であるならば、いつまでも猛々しい虎を、野に放ち続ける必要がどこにあろうか。
現在の二元体制は、指揮系統の重複、縄張り争い、そして何より、予算の無駄遣いという、三重の「不経済」を生んでいる。ある凶悪事件が発生した際、公安軍と県警が、互いに「これは、そちらの管轄だ」と責任を押し付け合ったという、笑うに笑えぬ話も耳にする。
平沼君は、法の番人である。ならば、速やかに、この歪な構造を正すべきだ。国家公安軍は、その規模を大幅に縮小し、国境警備や大規模災害対応、皇室警護といった、真に国家レベルでしか対応できぬ任務に特化させるべきである。そして、日常の治安維持は、全面的に、地方分権化された府県警察に委ねる。これこそが、最も効率的で、民主的な警察のあり方ではないか。
内務官僚の牙城を守りたい、という平沼君の気持ちも分からぬではない。しかし、私利が、国家の合理性を上回ってはならぬ。いつまでも「虎」の威を借りていては、いずれ、その虎に食われることになるやもしれんと、老婆心ながら申し上げておく。
【その二】満州・華北の経営は、中国人に任せよ
近頃、満洲国や中華共和国の経済発展が、目覚ましいという。結構なことだ。我が国の財界も、大いに潤っていることだろう。
しかし、私は、その「潤い」の先に、新たな危機が潜んでいることを、指摘せざるを得ない。
現地の新聞に目を通せば、満鉄や、華北開発の重役の名簿には、日本人ばかりが、ずらりと並んでいる。現地の中国人は、いくら優秀でも、部長、課長どまり。これは、一体どういうことか。
我々は、かつて、武力で彼らを支配しようとして、手痛い失敗をした。今、我々は、経済の力で、同じ過ちを繰り返そうとしているのではないか。
満州は、満州人の国である。華北は、中国人の土地である。
彼らの土地から上がる利益を、いつまでも日本人が独占し続ける。このような不公正が、長続きするはずがない。富の偏在は、必ずや、新たな不満と、抗日の火種を生む。
財界の諸君に告ぐ。目先の利益に目を奪われるな。真の投資とは、土地や工場にすることではない。その土地に住む「人」にすることだ。
現地の中国人を、積極的に経営に参加させよ。重役の椅子に座らせ、利益を公正に分配せよ。彼らが、自らの手で、自らの国を豊かにしているのだと、実感させることだ。
そうなって初めて、彼らは、日本を「支配者」ではなく、真の「パートナー」と見なすだろう。日本人が、現地の経営から手を引くこと。それこそが、我が国の大陸における権益を、最も永続的かつ安定的に守る、唯一の道なのである。
【その三】上海の富は、上海に還すべし
魔都・上海。かの地は、今や、世界の富を吸い上げる、巨大な掃除機と化した。結構なことだ。
しかし、その掃除機が集めたゴミ――いや、失礼、富は、一体どこへ行っているのか。米英仏、そして我が国の懐である。
これは、泥棒にも等しい行為だと言ったら、言い過ぎだろうか。
上海のインフラは、老朽化し、下町の治安は悪化の一途を辿っている。なぜなら、都市の運営に必要な税金が、列強によって「上前」をはねられ、本来使われるべき場所に使われていないからだ。
我々は、かつて、不平等条約を改正するために、先人たちがどれほどの涙を流したかを、もう忘れてしまったのか。今、我々は、その不平等を、中国人に対して、そっくりそのまま押し付けているではないか。
このままでは、上海の民の不満は、いずれ爆発する。その矛先は、我々外国人全てに向けられるだろう。
解決策は、一つしかない。上海の統治権を、上海市民に、段階的に移譲することだ。
参事会は、その権限を、市民から選挙で選ばれた「市議会」に、徐々に明け渡していくべきである。上海で得られた税収は、第一に、上海市民の暮らしの向上のために使われるべきだ。
列強は、地主ではなく、店子としての分を、わきまえるべきなのである。そうでなければ、いずれ、我々全員が、この豊かな家から、追い出されることになるだろう。
【その四】国防軍大臣よ、軍備費ではなく、兵士の飯に金を使え
東條君が、見事な手腕で、新しい国防軍を育てている。頼もしい限りだ。
先日、防衛白書なるものが発表された。そこには、新型戦闘機だの、新型戦車だの、勇ましい言葉が並んでいた。
しかし、私は、その白書の、隅の隅にある、ある数字を見逃さなかった。「兵士一人当たりの、一日あたりの食費」。この金額が、お話にならぬほど、低い。
東條君、君に問いたい。
腹を空かせた兵士に、最新鋭の銃を持たせて、一体何になるのか。故郷の家族が、貧しい暮らしをしているのに、どうやって、兵士は、安心して国を守れるのか。
真の国防とは、鉄の塊を揃えることではない。国を守る兵士一人一人の生活と、その家族の暮らしを守ることこそが、その根幹であるはずだ。
軍備費を、一割削れ。その金で、兵士の給料を上げ、福利厚生を充実させ、官舎を新しくしてやれ。
さすれば、国防軍の士気は、新型戦闘機を百機そろえるよりも、はるかに高まるだろう。
国を守るとは、国民を豊かにすることと同義である。この大原則を、国防軍大臣たる君が、ゆめゆめ忘れることがないよう、一人の友人として、切に願うものである。
新作の投稿をはじめました。ローファンタジーではありませんが、よろしければご覧ください。
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