最後の聖女召喚
とある世界で、異世界から聖女を召喚しようという話になった。
魔の森と呼ばれる場所で大量の瘴気があふれ出し、このままではこの国は大変な事になってしまう。
魔物は発生し、疫病も広まるかもしれない。
瘴気が溢れる事で魔物が生まれ、その魔物は人を襲い、時に病気を撒き散らす。
騎士団や神官たちで対処できなくもないけれど、犠牲は確実に大量に出る――となり。
国は聖女を召喚しようといざ儀式を! と臨んだのであった。
そして、聖女召喚は失敗した。
魔法陣の中央に本来ならば現れるはずだった聖女はしかし現れず、代わりにあったのは一枚の紙。
異世界の文字では読めないのではなかろうかと思いつつも神官の一人が拾い上げれば、直後文字がこちらの世界の者に読めるように変化する。
「……督促状……?」
そして神官が読み上げた文字には、間違いなくそう記されていたのである。
そしてそれから十分後、世界に光が満ち溢れた。
空から降り注ぐ光は強いわけではないが、それでも異様な光景である。雨上がりの雲間から見える光より強烈なそれに、一体何事かと外を歩いていた者たちは歩みを止め不安そうに周囲を見回す。
『この世界の住人たちにお知らせします。この世界は十日後に滅びを迎えます』
それは神託だった。
普段は限られた者にしか聞こえぬはずの神の声。
しかし今回は世界中全てに神の声が降り注いだのである。
『突然何事かと思うでしょう。しかしこれはもう変えようのない事実です。貴方たちは十日後、誰一人の例外もなく滅亡します。
どうして、と思う事でしょう。えぇ、何も知らず死ぬような事は流石に哀れですので、説明いたしましょう。
そして、もしかしたらその滅びの運命から逃れる事もできるかもしれません。まぁ無理でしょうけど』
希望を持たせるかと思われた言葉の直後にやっぱ無理と言われ、人々は騒めく。
『まず最初に言っておきます。私はこの世界の創造神ではありません。代理です。この世界の神が世界に声を届ける事が叶わぬため、やむなく代理で説明するだけですので、私に祈られても私は何の奇跡も起こしません。あしからず。
さて、ではどこから説明いたしましょうか。
とりあえずこの世界、瘴気が溢れそれが人々の手に負えない時に異世界から聖女を呼び寄せておりますね?
呼び寄せた聖女に役目を果たさせ、そうしてその後本来であれば元の世界に帰す必要がありました。
異世界召喚は相手を元の世界に帰すまでが正しい召喚です。
あなた方人間だって他人様の物を借りたら返すところまでがワンセットでしょう? まぁ中には借りパクなんて事をする者もいるとは思いますが。
元の世界に帰りたくない、とこちらに残る事を選ぶのであれば問題はないのですが、帰りたいという聖女を無理にこの世界に留めた者もかつてはおりました。でもそれ拉致監禁っていうんですよ。この世界の人間でもそれは犯罪とわかるはずなんですが、普通に横行してるんですよね嘆かわしい。
更には長い歴史の中で、帰すのが面倒だとばかりに帰し方の部分を意図的に抹消しました。
そのせいで、本来ならば帰る事ができるはずの聖女たちは強制的に故郷へ帰る事ができなくなります。まぎれもなく、こちらの世界の身勝手な人間のせいで。
まぁ、聖女の大半がこちらの世界の人間から見て美人なので帰したくないと思う者がでるのも仕方ありません。ですがその場合、口説き落とせなかった魅力のないこちらの世界の人間の落ち度です。故郷に帰れなくなっても貴方の傍にいたいの、なんて思わせる事すらできなかった魅力のなさに諦めればいいものを、帰る事ができないんだからと無理に留め無理に娶る。
ちょっと女性の皆さん考えてみて下さい?
いきなり見知らぬ世界に身一つで呼び寄せられて、役目を果たせば帰れるとちらつかせて実際は帰れない。挙句好きでもない男と強制的に結婚。
あなた方、仮に別の世界に聖女召喚されたとしてどう思います?』
神の言葉に世界中の女性たちから悲痛な声が出る。
今まで聖女召喚について詳しく知らなかった平民たちは、聖女がそんな存在だと知らなかった。
『女性の皆さんだけではありません。男性の皆さんも。ちょっと想像してみて下さい。ある日突然自分の恋人や妻、姉や妹、娘が忽然といなくなるんです。
どこで何をしてるかもわからない。
生きているのか死んでいるのか……どうか無事で生きていてくれればまた会える可能性がと祈っていたとして。
そんな彼女が異世界に聖女として呼ばれていたらどう思います?
二度と帰ってこれないし、好きでもない男に無理矢理奪われるんですよ』
各地で悲鳴や怒号が上がる。
特に素敵な恋人や妻を持つ者、可愛い可愛い娘を持つ父からの怒りが激しい。
なんだったら生まれたばかりの孫娘ができたおじいちゃんおばあちゃんも血管きれそうなくらいの勢いで怒っている。
『なので、本当はきちんと帰すのが礼儀なんです。
ですが長い歴史の中で国はそれらを葬った。どうせこの世界の人間じゃないからって人権取り上げて奴隷のように扱き使おうと目論んだ施政者がいたのはどこの国も変わりません。
そちらがいくら御大層な言葉で取り繕ったところで、やってる事は犯罪なんですよね。
で、この世界が滅びる原因なんですが。
割と先程聖女召喚を試みた国がありまして。
まぁ失敗したんですけど仕方ありませんね。だって支払いが済んでいませんので』
支払い? とその部分に首を傾げた者は多かった。
それぞれの大陸、それぞれの国、それぞれの町や村でその疑問が口に出される。
『えぇ、かつて異世界から聖女を召喚する秘術を与えたこの世界の創造神は、異世界の神と契約を結んでいたのです。
それはそうでしょう、一方的な搾取などできるはずがありません。
神は、別の神と契約をしてその上で異世界からの聖女召喚を成り立たせていたのですから。
聖女が自らの意思でこちらに残りたいと言う以外はきちんと帰さなければならない。
だがもしそれを無理にでも留めるのなら、相応の対価を支払う事。
それが、神々同士の取り決めでした』
その言葉にほとんどの国の施政者たちが顔を青ざめさせる。
どの国にも聖女召喚の秘術は伝えられている。
そして、どの国も一度以上聖女召喚を行っている。
異世界からの聖女。この世界の人間でないのなら、人扱いしなくても良いだろう、なんて愚かにも考えて奴隷のように使役し労働力として搾取し衰弱死した聖女を出した国などは、特に酷い顔色である。
たとえ今の代の王が善政を行っていようとも、過去の王全てが善良であったわけではない。
中にはかつての悪政を敷く王を打ち倒し新たな王国を作ったところもある。
今が良くても過去にやらかした王は確実にどの国も存在している。それは、歴史を紐解けば明らかだった。
『なのに対価は支払われず。そうでしょうね、肝心のその部分の契約は、聖女を帰すとされている秘術と共に伝えらえていたのにそれらは闇に葬られたのですから。
その上で、貴方たちは聖女を呼びよせ利用した。
やってる事は無銭飲食みたいなものです。犯罪ですね』
神としては愚かな人間にわかりやすく相手のレベルに合わせて噛み砕いて説明してくれているのだろうけれど、無銭飲食はなんていうかしょぼすぎるな……と思ってしまった。
だが流石にそんな突っ込みはできない。
したところでこの神が何らかの反応をしてくれるかは謎だが。
『一向に支払われない対価に、聖女たちのいる世界の神はいい加減堪忍袋の緒が切れました。
次に聖女召喚をした時点で今までの対価を要求しよう。そう決めたのです。
そしてつい先程、ある国で聖女召喚を行いました。
でも今まで支払い踏み倒しまくってた世界に聖女なんてもう送る気はありません。術は強制的に打ち切り。ついでに今まで滞った分を一気に回収する旨を記した督促状を送り付け、実行されつつあります。
どうしてこの世界の創造神が貴方たちに声を降ろさないのか。簡単です。
回収された対価が創造神の魂だったからです』
その言葉に。
世界が一様に静まり返った。
風が木々を揺らしたり鳥の囀りといった音はあれど、人の声という一切が一瞬とはいえ世界から消えたのだ。
『それだけでは当然足りないので、これからこの世界にあるありとあらゆるエネルギーが回収されます。対価として。
水は枯れ大地は腐り火山地帯からは熱が奪われる。
先程も告げたように十日後には世界は滅びを迎えます。
もっと早くにこの世界の神は神託をおろすべきでした。ですが、支払いを滞らせた結果の利子として、神の力はじわじわと失われつつあった。そして、口先だけでしか神を信仰しない者たちのせいで、微弱な神託は誰の耳にも届かなかった。
その結果がこれです。愚かですね。
創造主は最早救いをもたらせない。何故なら先程死んだので。
私は代理で声を届けるだけで、この世界にも貴方たちにもなんの愛着もない。それ故に救ってやる義理もない。
助かる方法があるとすれば、世界が滅ぶより先に神にも匹敵するエネルギーを作り出してそれを対価とする事でしょうか。
どうせ対価を払う方法を記した物はとうの昔に葬られたので正式な手段を探るのは時間の無駄でしかありませんし。私もいちいち調べて教えてあげる必要性を感じませんのでね。
それでは、必要な事はお知らせしました。
あと十日、限られた時間を大切に過ごす事をお勧めしますよ』
それきり、声は聞こえなくなった。
空から降り注ぐかのような光も消える。
それから後の世界は混乱に見舞われ――十日後、世界は滅亡した。
世界が滅ぶまでの十日間とかさぞ修羅場だろうしそこを書けばパニックホラーになったはずだけどそこは思いつかなかったよ(´・ω・`)
次回短編予告
今回の話とはまた違う形の聖女の話。