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「さ、召し上がれ」


 隣室にて。

 テーブルに並んだ食事にルベリーカは目を輝かせた。

 席についただけで、数種類のパンからバターの香りが広がる。黄金色のスープも負けじと芳醇な香りでルベリーカを誘っているではないか。つやつやのオムレツだって、実はあなどれない強敵だ。初日にルベリーカはずいぶんと驚いたものだ。ルベリーカの知るオムレツとは違い、中に芋やベーコン、野菜、とたっぷりのフィリングが詰められているのだ。昨日はトマトとカットされた腸詰めと、ふわふわの卵のハーモニーにルベリーカは震えた。ちなみに腸詰めも、スパイスやハーブなど、出されるたびに香りが違い、ルベリーカをいつも驚かせるので油断できない。

 隣の皿には、瑞々しいサラダが盛られており、さらにその隣には生ハムがフリルのように丁寧に盛り付けられている。端にはプティングの上でベリーソースが宝石のように輝き、そして中央の少し大きな皿には、鮮やかなソースを纏う白身魚がルベリーカを待っている。

 一度もルベリーカを落胆させたことがない食事の絢爛さは今日も健在であった。


「!」


 王都では生魚を食す文化がない。

 といってもそれは王都に限った話ではない。海から離れれば離れるほどに、魚を腐らせずに輸送することが困難になるからだ。自然と王都に近づくほどに魚を食べる習慣は薄くなるが、ここ数年で魚の輸送方法が目を見張るほどに進化し、貴族の食事に魚が登場することも珍しくなくなった。

 とはいえ、さすがに生で食べられるほどの鮮度を保つことは難しく、また抵抗感を抱く者も多いため、生魚は「田舎料理」の代表格といえた。

 ルベリーカは今、そんな「田舎」にいる。

 窓を開ければ空と海が視界に広がり、潮風が鼻先を撫でる。

 照りつける日差しの強さは王都とは比べ物にならないが、あれこれ着込まずにすむ身軽さは悪くない。

 そんな街で食べる田舎料理、つまり生魚はルベリーカに毎朝感動をもたらした。


「おいし?」


 首を傾げるフロウディストに、ルベリーカは反射で頷いた。

 港町にいなくては味わえない、魚特有の食感と甘さにルベリーカはすっかり魅了されている。


「ルビーが好奇心旺盛な子で良かった」


 ふふ、と笑う声にはルベリーカを馬鹿にした響きはない。

 言葉通り、ルベリーカが並ぶ食事に難色を示すことなく口に運ぶことを喜んでいるらしい。


「育った場所が違えば、どうしても受け入れられないものってのはあるからね。ルビーといろいろ共有したいって思うのは俺の勝手だし、無理はしないでね」


 もぐん、と飲み込んだルベリーカは顎を上げた。


「あなた、誰に向かって言っているの。わたくしが我慢強い娘なら、『悪たれ』だなんて呼ばれないわ」

「んなはは、良いね」


 何がだ。

 誰がつけたか知らぬろくでもない名前を聞いて不快感を示すものはいても、目尻を下げる者はいない。じろりと睨むルベリーカに、フロウディストは楽しげに続けた。


「惚れた女に我慢させるなんて嫌じゃん。ルビーが自分から好き嫌いを言ってくれるなら有り難いことだよ」

「な……」

「あれ、これ手抜きできるって喜んでるみたいだな。ごめん忘れて!」


 そこじゃない。ルベリーカが言葉を失っているのは、そこじゃない。

 その証拠に、固まるルベリーカの頬はきっと赤いだろう。

 気づいたらしいフロウディストは、ぱちんと瞬くと目を細めた。


「大好きなルビーに我慢させたくないから、いつでも不満は言ってね」

「〜〜!!!!」


 誰が丁寧に言い直せと言っただろう。

 はくはくと口を開けたり閉じたるするルベリーカを見て笑うフロウディストにフォークを突き立ててやりたい気になって、けれどその顔があんまりに優しい表情を浮かべているので、ルベリーカはフォークとナイフを握りしめる。


「ほらほら、冷める前に食べてね」

「言われなくたって!」


 腹ただしい気持ちで割り開いたオムレツから出てきたチーズときのこ、それから四角いベーコンがルベリーカの気持ちをなだめてくれる。伸びるチーズの軌跡に感動したまま口に運べば、思わずスタンディングオベーションを捧げたくなるほどに上手い。しかし、熱い。


「っ」

「わ、大丈夫。水飲む?」

「だ、大丈夫」


 舌が少しヒリヒリとするが、この感触すら楽しいのだ。もちろん、そういう趣向の人間、というわけではなく。


「……温かい食べ物に慣れていないのよ」


 無作法を恥ずかしく思い目を逸らすと、フロウディストは「あぁ」となんでもないように頷いた。


「公爵家にはお毒見がいるんだ?」


 さて、どう答えるか。

 ルベリーカはナフキンで口元を隠した。

 カインロフ家は命を狙われるほどの仕事を任せられたり、恨みを買うようなやり方をしている家門ではない、とルベリーカは認識している。

 ルベリーカは毒見の存在を聞いたことはないが、実のところ家のことに関わらなくなって久しい身であるから自信はない。ルベリーカが知らぬだけ、ということもありえるだろう。


 何せ、ルベリーカは一人きりで食事をとることが当たり前だった。


 





更新した気になっていました…!

もうちょっとストックがあるので連投させていただきます。

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