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「ルビー?」
呼ばれた声にハッとしたルベリーカの前には、白いドレスがちっとも似合わない女が、驚いたように目を見開いていた。
釣り上がった目と赤い髪が、柔らかいドレスとリボンから切り取ったみたいに浮いている。
無様も無様。滑稽で奇怪なルベリーカが振り返ると、フロウディストは「わ」と目を大きくした。
がっかりするかしら、とルベリーカが考える間もない。
「かぁわいい〜〜」
フロウディストは、目尻を下げて、溶けるように笑った。
「今日も最高にかわいい〜〜」
「っ、勝手に、部屋に入らないでって言ったわ」
「ごめぇんてぇ。だって遅いんだもん。何かあったかなって心配になるじゃない」
んふふふ、と笑うフロウディストも流石に「一人で着替えさせて」というルベリーカの訴えを、無下にはしなかった。変態にも一応の常識はあるらしい。些か不満そうではあったけれど、想定の範囲内だったのだろう。
なんと、渡されるドレスは一人で着替えられる簡単な構造のものばかりだった。
いくら夜会用のものではないとはいえ、貴族らしい高級なドレスに不似合いなそれは、自分のためだけの特別製なのだと、ルベリーカに毎日毎日語りかける。
「はーほんと可愛いな。ねね、ちょっとそこでくるって回ってくるって」
「……」
まいったことに、これも毎日だ。フロウディストは飽きもせずに、似合いもしないドレスを着たルベリーカを讃嘆し続ける。
ドレスを着て回る? 幼い子どもでもあるまいに何を言っているのか。そんなこと、恥ずかしくてできるわけがないではないか。ルベリーカほどプライド高い女はいないというのに!
「あ〜〜かっわいいいい〜〜」
「っ」
気づいたら、回っていた。おかしい。
くる、くる、ルベリーカの身体は軽やかに動く。あれだけダンスは苦手だったはずなのに。
なのに、ひらりと回るドレスの裾に何度でも心が踊る。
腕を上げればゆらりとレースを重ねた袖が舞い、自然と口角が上がった。
「世界一かわいいよ大優勝だよお〜〜」
「嘘でしょあなた泣いてるの」
「俺も初めて知ったんだけど人は可愛いものを過剰摂取すると涙が出るらしいよ」
「馬鹿なの?」
馬鹿だな。
何度、賛辞を送られてもルベリーカは外に出れば嘲笑の的だろうって仕上がりなのに。
「そんな事を言うのは、あなたくらいよ」
「あったりまえじゃん」
あのねルビー、とフロウディストはルベリーカの片手を取った。
ぐいと引かれ、腰を抱かれる。
真正面からルベリーカを射抜く、不思議な色合いの瞳。
「ルビーは俺のためだけに着飾れば良いんだよ。だって、ねえ」
ルベリーカだけを見つめる、得体のしれない瞳が、笑う。
「この部屋から出さないって言ったじゃん」
「フロイ……」
ルベリーカは、自分の足元を見下ろした。
輝く白銀の鎖。部屋のどこに続いているのかわからない、長い、長い、美しい鎖。
「嘘でしょ、この鎖全然絡まないじゃない」
「えぇ……今それ? てか今気付いたの? 嘘でしょ?」
ルベリーカが回っても、鎖は素知らぬ顔で横たわっている。
鎖がはめられた足首に少しも痛みがないことはもちろん、絡まり合ってルベリーカが転ぶこともない。部屋を歩いていても、まったく邪魔にならない不思議な鎖は、ルベリーカを改めて驚かせた。
「あなた、すごいのね!」
「!」
フロウディストの魔法の腕も、フロウディストが魔法を活かした道具を開発することが得意なことも、伝え聞いていたルベリーカだけれど、聞くのと目にするのではわけが違う。
卑屈になるよりも先に、驚くほど素直に称賛の言葉がルベリーカの中から転げていった。
そのことに、フロウディストが目を丸く見開いたことで、ルベリーカは気づく。
「あ、えっと、だから」
まさか、わたくしが誰かを褒めるだなんて!
ルベリーカの頬が熱くなった。言葉に詰まるルベリーカをどう思っただろう。
「あは」
フロウディストは、笑った。
まるで花がほころぶように、優しく、朗らかに。
「ルビー」
フロウディストは、握ったままのルベリーカの手を引いた。
つられて一歩、踏み出せば鎖が鳴る。
二歩踏み出せば、フロウディストが「んふふふ」と笑った。
「ルビーを傷つけることがないように、入念に術を組んでるから安心してよ」
「ちょっと」
三歩、四歩、気づけばルベリーカの身体は軽やかにステップを踏みながら、部屋を横断している。
夜会で披露すれば誰もがしかめっ面になるだろう出鱈目なステップだけれど、二人っきりの寝室でには咎める誰かさんなどいようはずもない。
ルーベリカの視界は、くるくると回り煌めいている。
ルベリーカの足は、軽やかに飛び跳ねた。
「ほら! 踊ったって大丈夫!」
フロウディストの魔法だろう。音楽まで聞こえてきて、ルベリーカは思わず笑ってしまった。
ダンスが案外楽しいものなんだって思い出したことは、悔しいから内緒だ。