映画館へ
三題噺もどき―よんひゃくきゅうじゅう。
エスカレーターを上がると、行列が目に入った。
自分が住んでいる地域から離れ、電車に揺られてたどり着いたショッピングセンター。
地下も含めて8階あるここは、すぐそこに駅があることもあって学生やスーツ姿の人々が大勢いる。
私も過去、通学生をしていた頃はその駅を降りて、バスに乗って学校まで行っていたものだ。
「……」
私の住んでいるあたりも、けして田舎だとは言い切れるものではないが、ここに比べたら田舎だろうなと思う。
この辺りには、たくさんの建物がひしめき、ビルもそれなりに建っている。まぁ、テレビで見るような都会に比べれば大したことはないんだろうけど……ここでさえ人の多さに圧倒されるのに、あんなところに行ったら生活できないかもしれない私。
「……」
各階ごとになんとなくジャンル分けされているが、大半を占めているのはアパレルショップと呼ばれるものだ。女性向けのモノが多いような気がする。
一応男性向けの店もあるが、ワンフロアぶんしかないような……それに比べたら女性ものはなんとなくツーフロア分ぐらいあるよな。
残念ながら興味がないので、見て回ったことがない。
「……」
上の階の方には、雑貨屋さん、楽器を売っているところもある。書店も入って入るので、通学生をしていた頃は、寄ったりもしていた。本を買うでもなく、見てるだけだったけど。あの頃はあまり手持ちのお金を持ち歩かないようにしていた上に、書店は家の近くにあったのでそこで買えばいいかとなっていた。
「……」
そして、今来たのは6階。地下含めると7階。
ここには、飲食店が何店舗か並んでいる。
中華からイタリアン、和食、端の方にはちょっとしたカフェもある。
丁度昼時なこともあってか、各店にそれなりの行列ができていた。
平日ではあるけど、人気な店は並ぶんだろうな。
「……」
まぁ、今日はここに昼食を食べに来たわけではないので通り過ぎていく。
鼻腔をくすぐる様々な香りに、最近鳴りを潜めていた食欲が刺激されそうだけど。
そこに混じる異臭にすぐ一蹴される。
「……」
異臭……ではないんだけど。私がこの匂いが苦手っていうだけで。
美術の授業や、それに倣うものに関わったことのある人ならわかるかもしれないが。
油絵を描く際に使う、あの油の臭い。何かを揚げた後の油の臭いとかが、それに類似していて、どうも苦手なのだ。こびり付くような、ねばつくようなあの匂いが。
それなりの人数で使うと、窓を開けていても消えないあの匂い。美術室に充満していたあの匂いだけは、嫌いで仕方ない。ついでに嫌なことも思いだすので尚更。
「……」
殆ど駆け足のような形で、その店の前を通り過ぎ、更に上へとつながるエスカレーターに乗る。久しぶりに来たせいで、乗る方向を間違えたのだ。
想定ではそのまま上までエスカレーターを乗っていくだけでたどり着く予定だったのに、反対側に来てしまった。
「……」
エスカレーターを昇りきると、今度は別の臭いが鼻をさす。
これもこれで充満すると気分が悪くなるんだけど。
「……」
このショッピングセンターの一番上の階には、映画館があるのだ。
一応、私の住んでる地域にもあるにはあるが、今日見たいものがそこでは上映していなかったのだ。……そう考えると田舎かもしれない。
この映画館でしか上映していないものだったので、わざわざここまで来たのだ。
「……」
足を止めることなく券売機まで行き、チケットを購入する。
作品が作品なためか、たいして埋まってもいなかった。これは快適に見れそうで良いな。
適当に席を選び、案内の時間まで少々あったので適当に時間をつぶす。
「……」
広がるポップコーンの臭い。
一応マスクはしているが、それでも関係なく漂ってくる。
これで刺激されるのが空腹ならいいんだけど、吐き気が刺激されるのでご勘弁願いたい。
気分が悪くなる前にさっさと入ってしまいたい。
「……」
食べないでくれとは言わないが、まぁ、正直控えては欲しいよなぁ。
始まった直後にポリポリと食べる音が聞こえたり、いいところでがさがさと音が聞こえたりするとそれだけで嫌な気分になることがある。ここは飲み物もあるので、ズッという音が聞こえるとなお。
後普通にポップコーンの臭いが館内までするのがちょっときつい。充満するまではいかずとも、鼻につくものは気になって仕方ない。
「……」
それなら家で大人しく見ればいいと言われるかもしれないが。
大きなスクリーンで見たいものなのだ……。音も没入感も何もかもが違うのだから。
今日のは静かに見れそうな気がするなぁ。
「……」
ポップコーン持っているあの人は。
いっしょじゃないだろうな……。
お題:美術室・映画館・田舎