デートってこんなかんじなのっ!?
「はぁ~…」
ベッドの上でため息をついたかと思えば、ジタバタと暴れるアザレア。公爵家の娘としてあまりにもはしたない。
「クリス様のばかぁ…」
というのも、クリザンテーモは今日学園で人を集めて盛大にブカネーヴェのやらかしと被害に遭った攻略対象たちの話をした。盛りに盛って話していた。
で、ブカネーヴェが禁固刑になることと攻略対象たちが休学して魅了魔法の完全な解除に努め精神的に鍛え直すことになったことまで話していた。それを話す許可は方々から得てるらしい。
そして…アザレアがいかに可哀想な被害者か強調された。アザレアがいかに素晴らしい女性かも力説された。その上クリザンテーモの婚約者になったことまで発表された。
「しんど…」
アザレアはオーバーキルである。
そんなアザレアを優しく抱き寄せて、人前で額にキスをしたクリザンテーモをぶん殴らなかったのを誰が褒めて欲しい。
「あの人マジなんなの…」
しかしながら、アザレアを見つめるクリザンテーモの瞳にはいつも熱がこもっていてその本気は身にしみてわかっていた。
なので何も言えない。
「も~…」
そして残念ながら、明日は休日。
クリザンテーモから初デートに誘われている。
「こっちはまだ恋愛感情とか追いついてないのに~…」
勝手な人に捕まってしまったものだ。
「アザレアー!お待たせっ」
「クリス様…」
クリザンテーモの格好を見てアザレアは絶句する。
そんなつもりはなかったのに、まるでペアルックかのような色使いやデザインの似た服装。
「おや、アザレア…その格好、よく似合っているね」
「…っ!」
真っ赤になる頬を抑えてアザレアはぷいっとそっぽを向く。
そんなアザレアにクリザンテーモは微かに笑った。
「い、今笑いましたねっ」
「ごめん。アザレアが可愛くてつい」
「…っ!」
「ああほら。またそんなに照れて。オレの愛おしい人は可愛いな」
「か、かわっ…」
よくもそうも甘い言葉を吐けるな貴様ー!!!
アザレアは内心キレる。
が、そんなもの御構い無しなのがクリザンテーモだ。
「さ、お手をどうぞ」
「あうっ…」
「せっかくのデートなんだ。オレは君と楽しみたいな」
そんなことを言って甘く微笑むクリザンテーモに、アザレアはもう何も言えない。
「…ふふ。アザレアは手も綺麗だね」
「ぅ…」
「もう。真っ赤なのが治らないね。オレの奥さんは本当に可愛いなぁ」
「お、奥さん…!?」
「オレの奥さんになってくれるんだろう?」
なるけど今はまだですー!!!
そう叫びたいがあまりの衝撃にもごもごと口ごもってしまう。
「ふふ。あー、本当に可愛い。どうしよう。おかしくなりそう」
「ひゃあっ!?」
クリザンテーモはたまらないといった様子でアザレアを抱きしめる。
情け無い声を上げて固まるアザレアに助け舟を出したのは、クリザンテーモの乳兄弟であるリュカだった。
「主人、やめて差し上げてください」
そう言って恐れ多くも己の主人の頭をスパンと叩くリュカ。
容赦のないリュカに、クリザンテーモはなんだよもーと文句を言いつつアザレアを離す。
「お嬢様、申し訳ございません。主人はお嬢様がよほど愛おしいようで、今はちょっとストッパーがかかっていません。そのうち落ち着く…と思いたいのですが、それも断言できませんね。重ねてお詫び申し上げます」
「ええ…」
そこは嘘でも落ち着くと言って欲しかったアザレア。
しかしまあ、嘘はつかない紳士なリュカに好感は持てる。
「ちょっと、アザレア。それはオレの乳兄弟だけど、浮気はダメだよ」
「浮気って…」
「私は主人を裏切るマネはしませんよ。お嬢様は大変魅力的な方ですが、手は出しません」
「ひぇっ…」
「ほら、リュカはこういう奴なんだよ。だからあんまり仲良くしないで」
なんてことだろう。
顔立ちの整ったイケメンなのに、なんて残念な性格だろうか。
「ほら、リュカよりオーレ!!!」
クリザンテーモから突然頬に手を添えられて、アザレアはクリザンテーモを見上げる。
「君の婚約者は誰?」
「く、クリス様…」
「君の将来の旦那様は?」
「クリス様…」
「君が好きなのは?」
…危ない。誘導尋問に引っかかるところだった。
「…」
「ダメかぁ。まあいいや。今度こそ行こう?」
自然に手を引かれて、今度こそデートに向かう。
一緒に出先の景色を愛でたり、ご当地の美味しいものを食べたり。
至って普通のデートにアザレアは少し安心した。
そして肩の力を抜いて楽しみ始める。
そんなアザレアを、蕩けるような瞳で眺めるクリザンテーモには気付かないフリをした。
「じゃあ、オレはこれで。またね」
「はい、今日はありがとうございました。また学園で」
アザレアを屋敷まで送り届け、クリザンテーモはしばしの別れを告げる。
アザレアはこの日のデートでだいぶクリザンテーモに慣れたのか、柔らかな笑みを浮かべて彼を見送る。
そんなアザレアに、クリザンテーモはやはり我慢が効かなかった。
「…アザレア」
「えっ。ひぅっ!」
その柔らかな頬にキスをするクリザンテーモ。アザレアは頬を抑えて真っ赤になる。
「なっ…なっ…なっ…」
「愛してる」
「うにゃーっ!?」
突然の頬へのキスと愛の告白に変な声を上げるアザレア。
クリザンテーモはそれを余裕の表情…ではなく、切なげな顔で見つめる。
「好きだよ。君の気持ちがはやくオレに追いつけばいいのに」
「ひぁっ…!?あ、あなたなにいって…っ」
「オレの気持ちはもう知ってるだろ…」
アザレアはその真剣な表情に、切なげな熱い瞳に、どうすればいいかわからなくなる。
「あ…う…」
「ねえ、オレを好きになって…」
アザレアは彼のその言葉に、酩酊状態になる。
「す、すきに…」
「そう、好きになって…」
もう一度、今度は唇にキスをしようとしたところで。
「はいそこまでー」
リュカがクリザンテーモの頭を引っ叩いた。
「…いいところだったのに!」
「はい、主人は回収していきますので。お嬢様はどうか流されず、真剣に主人を愛せるようになるまで思い悩んでいただければと」
「…ええ?」
リュカのあんまりな言い回しに呆然としている間に、クリザンテーモは回収されていった。
アザレアは不完全燃焼を感じつつもその背をただ見送った。
頬は、彼らが見えなくなってなお熱かった。