第 98 話
「くそっ!」
周囲を探す誘拐犯。
その中の1人は周囲を見渡し、思わず表情を歪める。
折角捕まえてきた人質が、何者かによって連れ出された。
しかも、自分たちに全く気付かれることなくだ。
あっさりと出し抜かれた格好になり、恥をかかされたという思いから怒りばかりが浮かんでいた。
それは、四方へ散った他の4人も同じ思いだろう。
「見つけ出したら、必ず殺してやる!」
次期皇帝になる第一皇子の懐刀とも言っていい自分たち。
そんな自分たちに恥をかかせた人間を、ただで済ませるわけにはいかない。
見つけ次第捕まえ、苦しませた後に殺してやると男は決めていた。
「そりゃ無理だ」
「っっっ!?」
探知魔法を使用しながら生物反応を探る男。
魔物以外の反応を感じていなかったにもかかわらず、急に背後から声が聞こえ、驚愕の表情で振り返った。
「うっ!!」
振り返った男が呻き声を上げる。
何故なら、振り返ったと同時に自分の腹に拳がめり込んでいたからだ。
その一撃によって目の前が暗転していき、男は意識を失った。
「闇夜の行動が自分たちだけに有利だと思うなよ」
意識を失って倒れた男を見下ろしながら、拳を放ったエルヴィーノは小さく呟く。
夜中に誘拐を企てるような連中だ。
余程夜中の行動に自信があったのだろう。
しかし、自分たちと同等レベルで闇夜の行動が得意な人間なんていないという驕りが判断を間違えたと言っていい。
闇魔法が得意なダークエルフからすると、夜間の行動は得意な分野だ。
人質のこともあり、そう遠くに逃げていないと思って5人はばらけたのかもしれないが、この状況はエルヴィーノにとってありがたいことになった。
5対1なら多少手こずることになっていたかもしれないが、ばらけた今なら1対1で戦うことができるからだ。
「さて、次に行くか……」
こんな森の中に気を失った状態で置いていたら、もしかしたら魔物の餌になりかねない。
そんなことはエルヴィーノも分かっている。
しかし、誘拐犯にそんな気遣いをしてやる必要は最初からなく、四方へ散った残りの4人を捕まえに移動を開始した。
「がっ!?」
「2人目……」
「ぐふっ!!」
「3人目……」
闇夜に紛れ、森の中を移動するエルヴィーノ。
そんなエルヴィーノの動きを探知することができず、四方に散っていた誘拐犯たちは次々と仕留められていった。
「さてと……」
3人目が気絶したのを確認したエルヴィーノは、残り2人を捕まえるために移動を開始しようとする。
しかし、
「っっっ!?」
突如感じた気配に、すぐさまその場から飛び退いた。
「くっ!? 貴様……」
「何者だ!?」
先程までエルヴィーノが立っていた場所に短剣が突き刺さる。
エルヴィーノに向かって言葉を発した者たちが投擲したものだ。
その2人は、つい先ほどエルヴィーノによって倒された男を見て怒りを露わにする。
彼らも誘拐犯だからだ。
「残りが来てくれたか。手間が省けたな」
「何っ!?」
「ふざけやがって!」
探しに行こうとしていた誘拐犯の残り2人。
それが目の前に現れたことに、エルヴィーノはうっすら笑みを浮かべて呟く。
その言葉を受け、自分たちが舐められていると、男たちの怒りのボルテージは更に上がった。
「人質をどこにやった!?」
「……馬鹿か? 答えるわけないだろ?」
「この野郎!!」
5人の中でも隊長と思わしき者。
その男がエルヴィーノに問いかける。
しかし、その質問に正直に答えるわけもなく、エルヴィーノは更に挑発するような口調で言い返した。
それに反応したのは、もう1人の方だった。
顔を赤くして、腰に差していた剣を抜く男。
そして、その剣を向けたままエルヴィーノに襲い掛かってきた。
「フッ!」
その男の攻撃を、エルヴィーノは難なく躱す。
壮年の男とは違い、もう1人の男は20代前半のように見える。
仲間がやられた時の僅かな魔力反応を察知してこの場に駆け付けたということは、2人とも他の3人以上の実力者なのだろう。
魔法による攻撃をしてくれば、簡単に居場所を突き止められ、奇襲する意味がなくなっていた。
そのため、先程気配を消して自分に短剣を投げてきたのだろう。
その判断も素晴らしいものだ。
しかし、壮年の男と違い、もう1人の男は若い。
それゆえに経験値が足りないはず。
エルヴィーノはそこを狙い、連続で挑発をしたのだ。
案の定の反応をしてくれたため、エルヴィーノは思わず笑みを浮かべてしまった。
「フンッ!!」
「うぐっ!?」
怒りに任せた攻撃のため、躱してしまえば隙だらけだ。
若い男のがら空きになっている腹目掛け、エルヴィーノは左拳を打ちこんだ。
エルヴィーノの拳が深々と突き刺さり、若い男はあっという間に意識を失った。
「……さて? 残りはお前だけだ。大人しく捕まった方がいいぞ」
若い男が倒れ伏したのを見て、エルヴィーノは左拳を軽く振りつつ壮年の男に話しかける。
「……っ!!」
仲間たちをあさっり倒したエルヴィーノの動きを見て、壮年の男は勝つのは難しいと判断した。
そのため、自分だけでも逃げ大失せようと意識を切り替え、すぐさま逃走を図った。
「良い反応だが、逃がすわけないだろ?」
「っっっ!?」
短時間で1対1で勝てないと分かり、すぐさま逃走を図るのは正しい判断だ。
しかし、黙って逃がすわけもなく、エルヴィーノは男にすぐさま追いつく。
「うっ!? ごっ!!」
追いつかれた男は腰に差した剣を抜き、エルヴィーノを遠ざけようと振り回す。
そんな破れかぶれのような攻撃を受ける訳もなく、エルヴィーノは隙を突くように男の腹に向かって拳を打ち込む。
一撃では浅かったため、もう1発同じ場所を殴りつけることで男を沈黙させた。
「ぅ……」
「…………」
殴られた腹を抑えて蹲る男。
あまりの苦しさに、声も出せないようだ。
そんな男を見下ろすように立ち、エルヴィーノは無言で拳を握る。
「っっっ!!」
何とか意識を保ちながら苦しくて動けなくなっている男に対し、エルヴィーノは無慈悲に握った拳を振り下ろす。
から空きになっている頭部に強烈な拳骨を食らい、脳震盪になった男はあっという間に気を失った。




