第 93 話
「さてと……」
ツシャの町で誘拐事件を起こしていた者たちを倒したエルヴィーノは、転移魔法を使用してシオーマの町に移動した。
どうしてこの町へ来たかと言うと、誘拐事件を起こしていた者たちのトップを奴隷化して話を聞いたところ、ツシャの町だけでなくシオーマの町でも誘拐事件を起こしているという情報を手に入れたからだ。
本来なら、第一皇子の指示を受けて暗躍している組織を潰しに向かいたいところなのだが、まずは今住んでいるカンリーン王国の安全を確保することが優先だ。
シオーマの町近くに到着したエルヴィーノは、街道から近くの森の中へと入って行った。
「……あいつが言っていた通りだとすれば、この近くなはず……」
森の中に入ったエルヴィーノは、周辺を探知しながら慎重に足を進める。
仲間から頭と呼ばれていた人間から得た情報だと、この森の中に住処を作り、町に住む黒髪黒目の赤ん坊を探しているという話だ。
「チッ! 町に行っているのか?」
森の中を進んで行くと、拠点らしきものを発見することができた。
しかし、その中に人の気配がしない。
昼近い時間と言うこともあり、今は町中に行っているのかもしれない。
帝国内に早々に向かいたいエルヴィーノは、空振りにおわったことに思わず舌打ちした。
「仕方ない……」
標的が戻ってくるまで、このままこの拠点近くで待つのは時間の無駄でしかない。
この場所を記憶している以上、すぐにでも転移してこれるため、エルヴィーノはひとまずシオーマの町に向かうことにした。
「ギルドに向かってみるか……」
町の中に入り、怪しい人間がいないか探すエルヴィーノ。
しかし、疑いの気持ちを持って捜索していると、誰もが怪しく思えてしまう。
こんな状況では犯人を見つけ出すことなんてできないと判断したエルヴィーノは、何か情報を得られないかとギルドへ向かうことにした。
「いらっしゃいませ!」
ギルドの中に入り、受付の方へと向かうエルヴィーノ。
そんな彼に、受付の女性が笑みと共に話しかけてきた。
「失礼。今、所長はいるかい?」
「……はい。今日は所長室にいますが、どんな御用事でしょう?」
この町ではあまり見たことがない男性。
そのため、受付の女性はエルヴィーノの問いに若干戸惑いつつ返答した。
「シカーボの町のギルド所長であるトリスターノからの依頼で動いている者と伝えてくれ」
「……分かりました。少々お待ちください」
冒険者カードを提示しつつ、受付女性に所長への謁見を求めるエルヴィーノ。
ランクはBでありながら、所長直々の依頼で動いているということは、それだけ期待されている冒険者なのだろう。
そう判断した受付の女性は、一礼してその場から去って行った。
所長室に許可を求めに行ったのだろう。
「お待たせいたしました。所長室へどうぞ」
「わかった」
どうやら許可が下りたようだ。
やはりトリスターノの名前を出したことが効いたのだろう。
女性に案内され、エルヴィーノはそのまま所長室へと向かった。
「いらっしゃい。まぁ、座っておくれ」
「あぁ」
所長室に入ると、50歳前後の女性が招き入れる。
立ち振る舞いからして、この女性が個々のギルド所長なのだろう。
その女性の言うことを素直に受け入れ、エルヴィーノはソファーへと腰かけた。
「忙しい所申し訳ないな」
「いや、ちょうど休憩を入れたかったところで丁度良かった」
「そうか」
エルヴィーノのに続き、対面に座る女性。
そして、少し離れた場所にある机の上の書類を指さし、エルヴィーノの感謝の言葉に返答した。
机の上には結構な書類が積んである。
少し前までその書類仕事をしていたのだろう。
女性はようやく一息つくできたと言わんばかりの態度だ。
急に来たというに、役に立てたような雰囲気を受け、エルヴィーノは少し肩の力が抜けた。
「私はサブリーナ。今日は何の用事だい?」
「俺の名前はエルヴィーノ。シカーボの町の所長のトリスターノから依頼を受けて動いている」
名前を言うと共に質問をするサブリーナ。
それに対し、エルヴィーノも名前を言うと共に、今回謁見を求めた理由を説明し始める。
「どんな要件だい?」
先程の受付女性から、トリスターノからの依頼だということは聞いている。
シカーボの町は、シオーマの町の南に位置している。
近いこともあり、所長同士交流がある。
そのため、トリスターノの目を信頼しているからこそ、急に来たエルヴィーノの謁見を受け入れたのだ。
「ツシャの町で起きている誘拐事件の調査だ」
「ツシャ……、誘拐事件……」
ツシャの町の誘拐事件。
それがこの町とどんな関係があるのか。
そんな疑問が浮かんだサブリーナだったが、それを口にすることなくエルヴィーノからの続きを待った。
「ツシャの町の誘拐犯を始末した時、仲間がこの町で同じことをしているという話を聞いた。そのため、この町で黒髪黒目の赤ん坊を持つ家族が行方不明になっていないか聞きに来たんだ」
「なるほど……」
エルヴィーノの話を受け、サブリーナは納得したように頷く。
そして、ソファーから立ち上がり、書類の乗った机に向かって行った。




