第 91 話
「……ば、化け物……」
帝国第一皇子の懐刀の組織に所属している戦闘エリートともいえる自分たちを、ここまで一方的に斬り伏せるような人間が存在しているなんて信じられない。
そのため、ダンは思わず声を漏らした。
「フッ! 誉め言葉として受け取っておこう」
特徴である耳を隠しているため気付いていないだろうが、ダークエルフであるため容姿には多少自信がある。
そんな自分を化け物呼ばわりなんて失礼ではあるが、ダンが言っているのはそういった意味でないことは分かっている。
そのため、エルヴィーノは笑みを浮かべてダンの言葉を受け入れた。
「……そうだ!」
「「っ!?」」
ゆっくりと迫りくるエルヴィーノ。
いつ襲い掛かってくるのかと、頭とダンは圧力に負けてジリジリと後退を余儀なくされる。
そんな2人を見て、エルヴィーノは何かを思いついたように声を上げた。
「頭と呼ばれているお前だけを捕まえるつもりだったが、素直に降参するならお前も助けてやるぞ。お前らだって命を失いたくないだろ?」
「「…………」」
エルヴィーノとしも、人殺しが好きなわけではない。
実力差は明白だと2人は理解したはずだ。
無駄な手間を省く意味で、エルヴィーノは2人に降伏をするように提案した。
それを受け、2人は僅かに視線を落とした。
「ふざけるな!!」「舐めるなよ!!」
2人は視線を上げると共に、エルヴィーノの提案を拒絶する言葉そ同時に放った。
そして、これまで以上の魔力を使用して身体強化を図った。
「だろうな……」
2人の反応に、エルヴィーノは納得の声を上げる。
拒絶されるのは分かったうえで提案したからだ。
なぜそうしたというと、時間短縮のためだ。
ここまでの2人の動きを見たうえで、自分の方が実力的に上だということは分かっている。
しかし、戦いに絶対はない。
相手の実力を知らなければ、より有利に進めることはできない。
そして、挑発じみた提案による怒りで全力を出してきた。
思っていたよりも身体強化に使用できる魔力量が多かったが、想定の範囲内だ。
これで勝つ確率が上がった。
それを確信したエルヴィーノは、笑みと共に剣を構えた。
「ハッ!!」「シッ!!」
「…………」
全身に纏う魔力を増やしたことで更に身体を強化した2人は、これまで以上の速度で迫り、左右からエルヴィーノに斬りかかった。
その攻撃を、エルヴィーノは無言後方へ跳ぶことで回避する。
「フンッ!!」
「……っと!」
後方へ跳んだエルヴィーノを頭はすぐさま追いかけ、喉を目掛けて突きを放ってくる。
その攻撃を、エルヴィーノはスウェーバックすることで躱した。
「もらった!!」
「シッ!!」
「がっ!?」
スウェーバックして体勢が崩れているエルヴィーノに向かって、ダンが剣を上段から振り下ろす。
しかし、その剣が当たる前にダンの脇腹に衝撃が走る。
エルヴィーノの蹴りによるものだ。
体勢が悪いにもかかわらず振られた蹴りだというのに強烈な威力のため、ダンは呻き声と共に横へと飛ばされた。
「このっ!!」
不十分の状態でダンに蹴りを加えたことで、エルヴィーノの体勢は片足立ち状態になる。
そこを狙うように頭が斬りかかってくる。
地面に付いている片足を斬り飛ばそうと、低い水平斬りを放ってきた。
「おわっ!」
足を斬り飛ばされてはかなわないと、エルヴィーノはバック転をすることで躱すことに成功する。
「ハッ!!」
躱された頭は手首を返し、すぐさまエルヴィーノの胴目掛けて左薙ぎ斬りを放った。
「シッ!!」
「うっ!?」
脇腹目掛けて飛んでくる頭の攻撃に対し、エルヴィーノは剣で受け止める。
そして、そのまま頭の腹に向かって前蹴りを食らわせた。
「くそっ!! 身体強化に使用している魔力量は同じだというのに、どうしてこんなに差が出るんだ!?」
エルヴィーノの身体強化に使用している魔力量は、自分たちと大差はない。
それなのに、エルヴィーノの攻撃は当たるのに、自分たちの攻撃は全く当たらない。
その違いの理由が分からず、ダンは思わず疑問の言葉を漏らした。
「……教えてやろう」
「何っ!?」
これまで質問をしても返答しなかったエルヴィーノ。
どういった信教の変化なのか、急に返答すると言ってきたため、ダンは思わず聞き入る体勢になった。
「実力の差だ」
「……ふ、ふざけるな!!」
真剣に聞き入ったというのに、返ってきたのはあまりにも単純な答えだった。
そのため、ダンは馬鹿にされたと受け取ったらしく、一気に怒りの沸点が上がり、そのままエルヴィーノに斬りかかって行った。
「お、落ち着け! ダン!!」
挑発にまんまと乗ってしまい、ダンは大したフェイントも見せずにエルヴィーノに向かって突っ込んでいく。
そんなことでエルヴィーノに傷を負わせることなんて不可能。
そのため、頭はダンに向かって静止するように声をかける。
「フッ!!」
「ガッ!?」
頭の止める声も虚しく、上段から振り下ろす剣にカウンターを合わせるように、エルヴィーノはダンの胴に向かって剣を振る。
2人が交錯してすぐ、ダンは腹から大量の出血をしてその場に倒れ込んだ。
「クッ!!」
ダンがやられたことで、1対1では勝ち目がないと判断したのか、頭は背を向けて走り出した。
「逃がすかよ!」
「っっっ!?」
逃げようとする頭に対し、エルヴィーノはあっという間に追いつく。
これまで以上の移動速度に頭は目を見開く。
『……あぁ、そうか……』
この状況になって、頭はエルヴィーノがまだ本気を出していなかったことに気が付く。
しかし、気が付いた時にはエルヴィーノの魔力のたっぷり乗った拳が迫っていた。
そして、次の瞬間、頭の意識は途切れたのだった。




