第 86 話
「……まさか、1人で2人の奴隷化と解除をするとは思わなかったわ」
捕まえた男たちの尋問を終え、ギルド所長室に戻ったビビアーナは、目の前に座るエルヴィーノのことを畏敬の念のこもった眼差しで見つめつつ呟く。
それもそのはず、通常の場合、闇魔法使いの魔力だけでなく大量の魔石を使用することで1人を奴隷化することができるものだ。
それなのに、エルヴィーノ自身の魔力だけで奴隷化した上に解除まで、それも2人続けておこなったというのだから信じられない。
しかも、それをおこなったエルヴィーノは魔力切れを起こしたように見えないのだからなおさらだ。
「結構疲れたな……」
「疲れた程度で済んでいる時点でおかしいわ!」
ビビアーナは知らないだろうが、自分はダークエルフだ。
エルフは身体能力は低いが、それを補うように魔力が豊富な人種だ。
ダークエルフもエルフの一種。
そのため、魔力には自信がある。
とはいっても、2人を奴隷化・解除したのは結構疲れた。
そのことを呟くと、ビビアーナはすぐさまエルヴィーノにツッコミを入れてきた。
「あう~!」
「……あぁ、ありがとな……」
「あ~♪」
エルヴィーノの疲れたという言葉に反応したのか、膝の上に座っているオルフェオがポンポンと腕を叩いてくる。
どうやら、慰めてくれているように感じたエルヴィーノは、感謝の言葉と共に頭を撫でた。
エルヴィーノに撫でられ、オルフェオは嬉しいそうな声を上げた。
「それで? 聞き出した情報を教えてくれませんか?」
エルヴィーノが昨日捕まえた2人を奴隷化・解除をしたのは、最近この町で起きている誘拐事件につながる情報を彼らから情報を聞き出すためだ。
その間、この部屋でオルフェオの相手をして待っていたため、セラフィーナは聞き出した情報を知らない。
そのため、まずは聞き出した情報を求めた。
「……というわけらしいわ」
「そうですか……」
ビビアーナによる男たちから入手した情報を聞き、セラフィーナは理解した旨の返事をする。
「オル君! 君、もしかして王族なの?」
「あうっ?」
誘拐事件を指示しているのが、隣国の帝国の第一王子。
王位争いをしている第二王子の息子を狙っての事らしい。
そのことから、もしかしたらオルフェオが第二王子の子供の可能性が出てきた。
もしもそれが正解だとしたら、オルフェオは王族と言うことになる。
セラフィーナがそのことをオルフェオに尋ねるが、本人は何のことだか分からないらしく首を傾げた。
「その可能性もなくはないが、かなり低いな」
「どうしてですか?」
探している赤ん坊の年齢や特徴。
そのことからオルフェオが第二王子の子供の可能性はある。
エルヴィーノも、そのことを聞いた時にはもしかしたらと思ったのだが、少し経った今では、その可能性は低いと思うようになっていた。
どうしてそう考えるのか分からないため、セラフィーナはエルヴィーノにその理由を求めた。
「俺は第二王子と知り合いじゃないからだ」
「あぁ……」
オルフェオが本当に第二王子の子供だったとして、どうして自分に預けることになったのかが疑問だ。
前王の時代から帝国は政治的に不安定な状況だった。
それを解消するためにカンリーン王国をはじめとした隣国へ攻め込もうと、軍の拡大を図っていたように思える。
それもあって、エルヴィーノは帝国に行くことは年に数回。
それも、西側の数ヶ所の町しか行っていない。
帝国の東側を本拠地としている第二王子になんて、見たことも会ったこともない。
大切な自分の息子を、見ず知らずの人間に任せるような親がいるわけがない。
エルヴィーノのそんな考えを理解し、セラフィーナは頷きと共に納得した。
「しかし、オル君の両親かもしれないのでしょ? そうなると帝国に侵入するしかないですね」
「……そうだが、さすがに内戦に関わるのはな……」
かなり低いとはいえ、オルフェオが第二王子の可能性はあるため、確かめるためにも帝国に侵入するしかない。
そのことを、セラフィーナは若干前のめりに提案してくる。
そうなると、王位争いにより各地で戦が起こっている帝国に侵入するのは、いくらエルヴィーノとはいってもかなりの労力を要するため、乗り気じゃない様子だ。
「しかし、このままにしておくわけにはいかない。いくつもの罪もない家族の命を奪った第一王子には、相応の報いを与えないと気が済まないな」
「……何をする気?」
オルフェオのこともあり、第二王子のことは気になる。
しかし、今はそれよりもこの町の誘拐事件の方を解決する必要がある。
エルヴィーノの何を考えているか分からない呟きに、ビビアーナはその考えを問いかける。
「なに、奴らの組織を潰すだけだ」
捕まえて2人はかなりの手練れだ。
恐らく、第一王子にとって内戦でかなり役に立ている存在なのだろう。
そんな組織がなくなってしまえば、第一王子としてはかなりの痛手になり、内戦にも多少なりとも影響してくるはずだ。
ビビアーナの問いに対し、エルヴィーノは事も無げに笑みを浮かべつつ返答したのだった。




