第 85 話
「まずは……」
「くっ!」
昨日捕まえた男を奴隷化したエルヴィーノは、さっそく知りたい情報を聞き出すことにした。
奴隷化によって無言の抵抗をすることもできないと分かっているため、男はこれから自分が情報を漏らしてしまうことに顔を顰めた。
「お前たちはどこの国の人間か答えろ」
「……帝国だ」
奴隷化した男に返答させるには命令系でないとならない。
口調は平坦でありながらも、エルヴィーノはまず男たちがどこの国の人間なのかを問いかける。
その質問に対し、無駄だと分かっていても抵抗したのだろう。
一瞬間を空けつつ、男は返答した。
「やっぱり帝国か……」
捕まえた男たちの実力を考えれば、バレずに国境越えを果たすことも可能だ。
そのため、エルヴィーノが予想していた通りの答えが返ってきた。
「お前たちは、ここ最近この町で頻発していた誘拐犯の一味だな?」
「……あぁ、組織の命によって動いていた」
囮である自分たちの家の近くを彷徨いていたところを捕まえたのだから可能性が高いと思って問いかけたら、やはりこの男たちは誘拐犯の一味だった。
「どんな命令を受けていた?」
「……黒髪の赤子のいる家族を、「捕まえ、尋問した後、始末せよ!」という命だ」
“ピクッ!”
男たちが誘拐する理由。
それを知ろうとした質問に対しての答えに、エルヴィーノの眉が一瞬強張る。
本来なら、この質問の後にこれまで誘拐した家族の生存を聞くつもりでいたのだが、その質問をする前に誘拐された者たちは始末されている可能性が高くなったためだ。
「……行方不明になった者たちは、もう生きていないのか?」
「……あぁ、そういう命令だったからな」
絶望的な状況だが、まだ可能性はある。
その期待を込めつつ、エルヴィーノは確認のために男に問いかける。
しかし、その期待は男の返答であっさりと崩れることになった。
“ズッ!!”
「っ!! 抑えてくれ……」
「あぁ……」
どんな目的で黒髪の赤子を持つ家族を狙っているのか分からないが、関係ない者たちを誘拐して始末するなんて不愉快極まりない。
そのため、男の返答を受けたエルヴィーノは、思わず殺気が溢れてしまった。
今にも男を殺してしまいそうに感じたからか、ビビアーナはエルヴィーノに殺気を抑えるよう求める。
エルヴィーノとしても、情報を聞き出さないうちに感情に任せて殺してしまうつもりはないため、ビビアーナの求めに応じて殺気を抑え込んだ。
「黒髪の赤子のいる家族を狙う理由はなんだ?」
軽く息を吐き気持ちを落ち着かせたエルヴィーノは、誘拐事件を起こしている理由を尋ねることにした。
「……第二王子の子の可能性があるからだ」
「「っ!!」」
男の答えに、エルヴィーノとビビアーナは目を見開く。
今、帝国内では国王崩御により、国王の座をかけて2人の王子が東西に分かれて戦いが繰り広げられている。
第一王子派閥の西側、第二王子派閥の東側だ。
その第二王子に子供がいたなんて、驚きの情報だ。
「第二王子の子供を捕まえて、弱みを握ろうって第一王子は考えたのか?」
「……その通り。ベーニンヤ伯爵のせいでかなりの痛手を被り、拮抗している戦況を変えようと考えたらしい」
「ベーニンヤ伯爵……」
初めのうちは第一王子の方が優勢だったが、最近はほぼ拮抗した戦況になっているという話だ。
どうやらカンリーン王国の冒険者を誘拐して奴隷化し、兵として戦争に利用していたベーニンヤ伯爵による大敗戦が要因のようだ。
エルヴィーノには、その大敗戦の理由に心当たりがある。
それもそのはず、帝国に侵入してベーニンヤ伯爵から奴隷化された冒険者たちを奪い返してきたのはエルヴィーノだからだ。
突如奴隷兵を失ったベーニンヤ伯爵は、大量の奴隷兵を失ったまま戦いに参加せざるを得ず、これまでのような活躍を果たすどころか足を引っ張る形になり、大敗戦を引き起こす要因になったようだ。
かなり遠回しとはいえ自分が今回の事件に関わっていたことに、エルヴィーノは複雑な気持ちになっていた。
「第二王子は子供をこの国に逃したのか?」
「……あぁ、その情報を得たため、我々第一王子の暗部が動くことになった」
兄と王座を競い合うことになり、第二王子は避難させたのだろう。
その避難させた子供を狙い、この男たちが動いたようだ。
「第二王子の妃はどうした?」
「元々体が弱く、無理して出産したことで体調を崩して寝込んでいるらしい」
戦争に巻き込まないように、第二王子が子供を避難させたのは分かった。
しかし、それなら母親である妃も一緒のはず。
それなに、男の口からは妃のことは出てこないため、気になったエルヴィーノはそのことを問いかける。
すると、子供と一緒に逃げられるような体調ではないようだ。
「第二王子の子供が黒髪という話なのか?」
「……あぁ、第二王子の特徴である黒髪黒目を受け継いだ赤ん坊だという話だ」
どうやら第二王子の特徴が黒髪黒目らしい。
その特徴を受け継いだ赤ん坊を保護していると思われる家族を、男たち暗部は片っ端から誘拐していたようだ。
『……もしかして、オルって……』
両親が誰かもわからない黒髪黒目の赤ん坊。
その特徴から、エルヴィーノはオルフェオのことがずっと頭に浮かんでいる。
可能性はゼロではない。
オルフェオが第二王子の子供かもしれないということがだ。




