第 84 話
“ガチャッ!!”
「……っ!? お前は……」
「よお、昨日ぶりだな?」
地下牢の鍵をビビアーナに開けてもらい、エルヴィーノは牢の中に入る。
そこには、昨日エルヴィーノが捕まえた不審者の1人が魔力封じの手錠をされ、椅子に座った状態で鎖を巻かれて固定されていた。
着ているのは下着だけで、体の至る所に血が付着している。
しかし、傷を負っている様子はないところを見ると、痛みによる尋問をしたが口を割らないため、ひとまず回復させたといった状態だと推測できる。
牢の扉が開く音で、男は中に入ってきた人間に目を向ける。
またも拷問の時間かと思っていた男は、自分を捕まえたエルヴィーノを恨めし気に睨みつけた。
そんな視線など気にする様子もなく、エルヴィーノは軽い口調で男に声をかけた。
「ずいぶん男前になったな……」
「っ!! こっ!!」
エルヴィーノの完全なる嫌味。
こんな状況に陥れた張本人からそんなことをされ、男は当然頭にくる。
殺してやろうと襲い掛かろうとするが、魔力封じの手錠で魔力が使えず、鎖によって固定されているため、男はすぐに諦めて怒りを鎮めた。
「何も吐かないそうだな? 苦痛耐性の訓練でも受けてんのか?」
「フッ! さあな……」
どれ程の反応を示すかと思って嫌味を言ってみれば、すぐに冷静さを取り戻している。
そんな男の様子を見て、エルヴィーノはふと思ったことを問いかける。
その質問にも答える気がないらしく、男は鼻で笑った。
「まあ、そんなこと関係ないがな……」
「……なにっ?」
舐めた態度を取る男に、怒りを向けるどころか相手にしない態度。
そんなエルヴィーノの様子に、男は訝し気な表情を向ける。
“スッ!!”
「……お前、まさか……」
何をするのかと見つめていれば、エルヴィーノが手に魔力を集め始めている。
しかも、とんでもない量の魔力量だ。
その魔力を使って闇魔法を発動しようとする兆候を見て、男はエルヴィーノが何をしようとしているのかを理解する。
「ハッ!!」
「っっっ!!」
男が気付いた時には、もうエルヴィーノの魔法の準備は整っていた。
躊躇うことなく、エルヴィーノはその魔法を発動させる。
すると、足元の床に魔法陣が浮き上がり、男の鳩尾あたりに紋章が浮かびだした。
「な、なんて魔力量してやがるんだ……」
犯罪者を扱う奴隷商なら闇魔法を使うことができるだろう。
しかし、その場合は相応の準備が必要だ。
ただでさえ魔力を多く消費する闇魔法の中でも、奴隷化の魔法は大量の魔力を消費する。
そのため、奴隷商などは魔石を大量に使用することで魔力を補充するものだ。
それなのに、エルヴィーノは自身の魔力だけで自分を奴隷化した。
その魔力量の多さに、男は戸惑いの声を漏らした。
「そ、それよりお前ら! こんなことしてどうなるのか分かっているのか!?」
腹に浮き上がった奴隷紋を見て、男は声を荒げる。
エルヴィーノたちが住むカンリーン王国では、犯罪確定者以外を奴隷化するには、国家資格を持つ者でなければならない。
しかし、エルヴィーノはその資格証を提示することなく男を奴隷化した。
完全に法律違反だ。
「すぐに解除すればバレやしないだろ?」
「なっ!?」
カンリーン王国の法律をしているようだが、バレなければ犯罪にはならない。
そのことを告げると、男は驚きの声を上げる。
エルヴィーノの言うように無許可で奴隷化しても、それが露見する前に解除してしまえば証拠もなくなるため、捕まることなんてない。
情報を引き出された後では、自分が奴隷化されたと喚いたところで無意味になる。
ここのギルド所長であるビビアーナも、エルヴィーノの後ろで黙認しているところを見ると黙認するつもりなのだろう。
「そんなことできるわけないだろ! 闇魔法の解除には光魔法の使い手が必要だ!」
男が言うように、奴隷化を解除するには、闇魔法の対となる光魔法の使い手が必要になる。
闇魔法の使い手も比較的少ないが、光魔法の使い手も同様だ。
後ろにいるビビアーナが光魔法の使い手ではないことは、下調べでで分かっている。
そのため、男はエルヴィーノの言っているようにバレないようにすることは不可能だと反論した。
「俺が使える」
「……な、何っ……?」
闇魔法だけでなく光魔法まで使える人間なんて滅多にいない。
そのため、男はエルヴィーノの言葉に信じられないといったように声を上げる。
「そ、それにしたって、奴隷化に大量の魔力を消費したんだ。解除なんてできるわけないだろ!」
闇と光の魔法を使いこなせる人間は少ないとはいっても、全くいないわけではない。
エルヴィーノがその珍しい人間なのかもしれないが、だからと言って解除するには奴隷化する時に使用したのと同等の魔力量が必要になる。
先程奴隷化に大量の魔力を消費した人間が、すぐに解除できるわけがない。
そのため、男はエルヴィーノの考えを否定する。
「生憎、魔力量には自信がある」
「…………」
男の否定に対し、エルヴィーノは自信満々に返答する。
たしかに、普通の人間なら奴隷化に大量の魔力を消費したことで、疲労困憊の状態になっているはず。
それなのに、何ともないといったような表情をしているため、エルヴィーノが言っていることは嘘に思えない。
バケモノじみたエルヴィーノの魔力量に、男は驚きで反論することができず、魚のように口をパクパクさせるしかなかった。




