第 80 話
『小さいな……』
執務用の机から移動し、目の前のソファーに来たビビアーナを見たエルヴィーノは、頭の中で率直の感想を述べる。
執務用の机で仕事をしていた時は気づかなかったが、その感想通りビビアーナの身長は低い。
恐らく150cm有るか無いかといったところだろうか。
「……今、私のことを小さいと思ったな?」
「っ!?」
表情に出したつもりはないというのに、ビビアーナは自分の思ったことを的確に読み取ってきた。
そのことに、驚くエルヴィーノ。
「……あぁ」
ビビアーナの若干殺気のこもった目を見て、言い訳は凶と考えたエルヴィーノは先ほどの問いに素直に返答した。
「……正直な奴だな」
溜め息交じりの呟きと共にビビアーナから殺気が抜けて行く。
正直に答えたのは正解だったようだ。
「トリスターノの奴が押してくるわけだ。この身長だと見くびる奴らが多いが、あんたたちからはそんな素振りは窺えなかった。ちゃんとした分析力があるようね」
背が低いせいで、子供扱いされることでも多かったのだろう。
荒くれの多い冒険者たちの中には、ギルド所長と思わず絡んでくる来る者もいたらしく、どうやらビビアーナにとって低身長なのはコンプレックスのようだ。
「まぁ、見た目だけで判断しているような奴らは、どっかで痛い目に遭うのがオチだからな。さっきの奴のように……」
見た目で変なのに絡まれるのは自分たちも同じなため、ビビアーナの言いたいことは分かる。
長いこと冒険者として活動していれば、見た目で判断して危険な目に遭いそうになったこともある。
その経験から、エルヴィーノたちはビビアーナの実力をきちんと把握したうえで対応したに過ぎない。
そういった経験が不足している者ほど痛い目に遭うものだ。
それこそ、先程セラフィーナが気絶させた男のように。
「んっ? さっきの奴?」
「あぁ、ガンドルフォの奴が彼らにちょっかい掛けて返り討ちにあったんだ」
「ったく、あいつは……」
エルヴィーノの終わりの部分に反応するビビアーナ。
書類仕事に集中していて、受付の所で揉め事が起きていたことに気が付かなかったのかもしれない。
何のことかというような視線をビビアーナから受け、ダーリオが先程起こったことを端的に説明する。
すると、ビビアーナは俯くと共に首を小さく左右に振って呟いた。
「あいつは冒険者なりたての時に私に痛い目に遭わされたっていうのに……」
「その時の経験から学んでいなかったようだ」
どうやら、ガンドルフォはビビアーナの身長から舐めた態度を取り、痛い目に遭わされた経験があったようだ。
それなのに、先程のように実力が上のセラフィーナに絡むなんて、全然経験から学んでいなかったということだ。
そのため、ビビアーナとダーリオの2人は残念と言ったように言葉を交わした。
「あの恵まれた体躯だ。あいつには期待していたんだが、まだまだダメそうだな」
ガンドルフォは高身長で筋骨隆々と、肉体的に恵まれている。
ビビアーナとしては、その体を上手く利用した戦闘を続け、この町の代表的な冒険者に育つことを期待していたのかもしれない。
しかし、経験から学ばない様では、そんな存在になるようなことは先の話と言っていい。
期待していたがために、2人としては残念に思ったのかもしれない。
「あいつのことは置いて、依頼の話をしよう」
「あぁ、そうだな」
特別な事でもない限り、ガンドルフォが自分たちの脅威になるようなことはありえないため、はっきり言ってどうでも良い。
そのため、エルヴィーノはビビアーナの言葉に乗っかった。
「トリスターノからも少し聞いていると思うが、この町では黒髪の子供を持つ家族が消えている。この町のギルド所長として、2人にはその事件を解決してもらいたい」
「んっ? 親が黒髪なのではなく、子供が黒髪の家族が行方不明なのか?」
「あぁ、共通点を精査していった時、そっちの可能性が高いと判断した」
シカーボの町のギルド所長のトリスターノからは、赤ん坊のいる黒髪の家族が行方不明と聞いていたが、微妙に違ったようだ。
そのことをエルヴィーノが尋ねると、ビビアーナはて行方不明者の特徴を書き記した羊皮紙とともに最新情報を提示してきた。
「……確かに、みんな赤ん坊が黒髪の家族ですね」
羊皮紙に書かれている情報を見て、セラフィーナは納得の言葉を呟く。
「それで? 俺たちはどう行動すればいい?」
少しだけ違ったが、情報としては特別差はない。
そのため、エルヴィーノはビビアーナに自分たちが事件解決のためどうすれば良いかを求めた。
「言いにくいことだが、2人とその子には囮になってもらいたい」
「あぁ、トリスターノからも言われていたからそのつもりだ」
「……感謝する」
エルヴィーノたちも冒険者だ。
トリスターノから聞いている実力から、荒事に巻き込まれることくらい覚悟の上だろう。
しかし、赤ん坊の方は関係ない。
赤ん坊に危険が及ぶかもしれない依頼だというのに快く引き受けてくれたことに、ビビアーナは2人に頭を下げる。
そのビビアーナに合わせるように、ダーリオも無言で頭を下げていた。
「2人には、我々が町外れに用意した家で生活をしてもらいたい。そうすれば、犯人の方から寄ってくるはずだ」
「分かった」
「了解!」
ギルドからの情報として、犯人像は確定していないようだ。
エルヴィーノたちからすると帝国側の可能性があるように思えるが、決めつけるには確証となるものがない。
そのために、ビビアーナも帝国関与の可能性を言わなかったのかもしれない。
何にしても、エルヴィーノたちは囮として待ちの姿勢で行動することにした。




