第 78 話
「……特におかしな気配は感じませんね?」
「……そうだな」
子供を育てている者が行方不明になっているという事件を解決するため、ツシャの
町に来たのだが、町の中に入っても特に気になる事はない。
そのため、セラフィーナは胸に抱いたオルフェオをあやしながら、エルヴィーノに小声で話しかける。
それに対し、エルヴィーノも小声で返答する。
町には入ってすぐ何かをしでかしてくるような者ならば、はっきり言って簡単に物事は進む。
そんな浅慮な者なら、返り討ちにすれば済む話だからだ。
入ってすぐに仕掛けてこなくても、何かしらの気配でも感じられれば手っ取り早いと思っていたが、この様子では厄介な相手かもしれないと2人は警戒を少し強めた。
「とりあえずギルドに行って話を聞こう」
「はい」
今回はシカーボの町のギルド所長のトリスターノからの依頼だ。
ギルド所長同士のつながりから、事件のことを知ったのだろう。
自分たちが事件解決のために訪れることは、ここのギルド所長に知らされているはずだ。
トリスターノからある程度聞いてはいるが、事件が起きている町の所長の方がより詳細な情報を持っているかもしれない。
そんな思いから、エルヴィーノたちはギルドに向かうことにした。
「……お決まりかよ」
「全くです……」
ギルドにたどり着いたエルヴィーノたちだったが、うんざりしたように呟く。
「あぁん? 俺様が話してんのに、何喋ってやがるんだ!?」
小声でやり取りしている2人を見て、長身で筋肉隆々の男がエルヴィーノを睨みつつ声を荒げる。
2人がうんざりしているのは、この町の冒険者が絡んできたからだ。
「…………」
「へっ! 睨まれたらビビッて声も出ねえか?」
面倒だから無視していた半眼気味のエルヴィーノ。
それを見て、自分を恐れて無言になったのだと勘違いした男は、エルヴィーノを鼻で笑いつつ見下した。
「姉ちゃん! 男とガキは放っておいて、俺の相手しろや!」
男が絡んできた理由はセラフィーナだ。
一目見てセラフィーナを気に入った男が、自分の女にしようと考えたようだ。
この町の人間のため、エルヴィーノたちのことを知らないからこそ、このように絡んできたのだろう。
容姿の良いセラフィーナが、シカーボの町以外に行くと良くあることだ。
「私、あなたみたいに弱い男に興味はないの。見た目最悪だし……」
「っ!? テ、テメェ!!」
明らかに自分たちの実力を見抜けずに絡んできている男。
彼は気付いていなようだが、セラフィーナは先ほどから殺気を抑え込んでいる。
どうやらセラフィーナの虫の居所が悪かったらしく、明らかに絡んできた男の神経を逆なでするような物言いになった。
隣で聞いていたエルヴィーノは、ちょっと男に同情しつつ、セラフィーナの言葉を『辛辣だな……』と思っていた。
男は確かにイケメンという部類には入らないが、別に不細工という訳でもないからだ。
「ふざけん…」
“ドムッ!!”
「うげっ!!」
案の定、男は怒りで顔を赤くし、握った拳を振りかぶった。
しかし、その拳が振り下ろされるよりも速く、セラフィーナの蹴りが鳩尾に突き刺さった。
高速で威力のあるセラフィーナの蹴りを受けた男は、腹を抑えて数メートル後退りし、その場に蹲った。
「そもそも、エル様に舐めた口きく奴は大嫌いなのよ!」
「がっ!!」
セラフィーナが腹を立てていた理由。
それは、この男がエルヴィーノに対しての態度が気に入らなかったからだ。
その怒りは腹蹴りだけで治まらなかったらしく、セラフィーナは蹲った男の後頭部に足を乗せ、床に顔面を押し付けた。
体重の軽いセラフィーナの足などすぐに払いのけることができると思うだろうが、魔力を乗せての押し付けにより、男は痛みで気を失うまで床に這いつくばるしかなかった。
「…………」
気を失って動かなくなった男。
その男のことを無言で見つめていたセラフィーナは、足を後ろに振り上げる。
「そこまでにしといてやれよ」
「はい!」
気を失わせても気持ちが治まらなかったのだろう。
男のことを更に蹴りつけようとしていると察したエルヴィーノは、セラフィーナのことを止める。
エルヴィーノに言われたら一気に冷静になったのか、セラフィーナは素直に指示に従った。
「……お、おい! これは何事だ?」
揉め事が終わったところで、受付の近くにあるドアから男性が姿を現す。
茶髪をオールバックにした40代後半と思わしき男性で、男が倒れているのを見て戸惑っている様子だ。
「あぁ、ちょっとな……」
「ウザ絡みしてきたので、黙らせただけです!」
関係者用のドアから出てきたので、彼がギルドの職員なのは予想できる。
そのため、戸惑っている男性の問いかけに、エルヴィーノは申し訳なさそうに返答しようとした。
しかし、エルヴィーノが返答するよりも前に、セラフィーナが端的に説明することにとどめた。
「……そ、そうか……」
説明したセラフィーナの容姿を見て、男性は何となく何があったのかを理解したらしく、それ以上追及するのをやめた。




