第 75 話
「あう~……」
「オッス! オル」
朝、目が覚めたエルヴィーノは洗面所へと向かい、口を濯ぎ、顔を洗ってリビングへと向かう。
少しの間ソファーに座って朝食を何にしようかと考えていたところ、近くのベビーベッドから声が聞こえてきた。
オルフェオが目を覚ましたようだ。
そのことに気付いたエルヴィーノは、朝食のことを一旦忘れてオルフェオに声をかける。
「あう〜!」
エルヴィーノの顔を見たオルフェオは、眠気が吹っ飛んだように嬉しそうな声を上げた。
「あ~い!」
「よ~し、よし」
両手を上げるオルフェオ。
いつもの抱っこを求める合図だ。
それを見たエルヴィーノは、望み通りオルフェオを抱き上げる。
「オル、朝食何にするか?」
「あうっ?」
まだ離乳食のオルフェオに聞いても仕方がないと分かりつつ、エルヴィーノは問いかける。
思った通り、オルフェオはその問いに首を傾げる。
そのしぐさは、エルヴィーノの父性心をくすぐる。
「うりうり」
「あう~♪」
可愛らしい仕草をしたオルフェオに、エルヴィーノは優しく脇腹をくすぐる。
それを受け、オルフェオは嬉しいのと楽しいのが混ざった声を上げて喜んだ。
「っと、悪いがここで待っててくれ」
「う~……」
オルフェオの相手をしていると、いつまで経っても朝食の準備に入ることができない。
そのため、エルヴィーノはオルフェオをベビーベッドに戻し、朝食の準備を始めるためにキッチンに向かって行った。
エルヴィーノにもっと相手して欲しいのか、オルフェオは不満そうだ。
「ベタだけど、パンにベーコンエッグ、サラダにスープで良いだろ……」
朝食を何にしようかと悩んでいたエルヴィーノだったが、こういった時はよく作るメニューにするのが一番だと判断する。
そして、具材を影収納から取り出し、調理を始めた。
「んっ? 起きて来たか?」
調理を進めていると、廊下を歩く音が聞こえてきた。
その音から、エルヴィーノはセラフィーナたちが目を覚ましたのだと判断した。
「あう~!」
「悪いなオル。もうちょっと待ってくれ」
料理の香りによってなのか分からないが、どうやらオルフェオもお腹が空いたらしく、エルヴィーノに食事を求めてきた。
そのことに気付いたエルヴィーノは、オルフェオの離乳食とミルクの準備も開始することにした。
「うぅ~……」
「んっ?」
朝食と離乳食とミルクの準備があと少しで完了するというところで、オルフェオが変な声を上げる。
聞いたこともないような声に、エルヴィーノはベビーベッドの方へ視線を向けた。
「うぅっ!」
「っっっ!!」
何をしているのかと思ったら、オルフェオがベビーベッドの柵を掴んで立ち上がろうとしていた。
現在、オルフェオは生まれて7か月ほどのため、立ち上がっても不思議ではない。
しかし、エルヴィーノたちは無理に立たせようとはせず、オルフェオ自身に任せていた。
そのうち、自分から立ち上がろうとすると思っていたからだ。
その兆候が急に出たことに、エルヴィーノは驚きと共に戸惑う。
「うっ!」
「おぉ~っ!」
調理の手を止め、少しの間成り行きを見つめていると、オルフェオがとうとう捕まり立ちした。
立ち上がったオルフェオは、若干ドヤ顔にも見える。
それを見たエルヴィーノは、思わず感嘆の声を上げた。
「立った! セラ!! オルが立ったぞ!」
「えぇっ!?」
驚きと共に喜んだエルヴィーノは、思わずセラフィーナの声をかける。
エルヴィーノの声を聞いたセラフィーナは、洗顔途中にも関わらず、リビングに向かって走り出した。
「本当だ! すごいよ! オル君!」
「……お前、いくら何でも顔拭いて来いよ」
「あぁ、すいません」
ベビーベッドの柵に捕まり立ちしているオルフェオを見て、セラフィーナも驚きと共に喜色を露わにする。
寝起きで顔を洗っている途中だったのだろう。
慌ててきたために床がビシャビシャだ。
そんなセラフィーナに対し、エルヴィーノは濡れた床を拭きつつ抗議の声を上げた。
自分の状態を思い出して恥ずかしくなったセラフィーナは、謝罪するとまたも慌てて洗面所の方へと向かって行った。
「ホ~!」「ガウッ!」「ニャウ!」
「あ~い!」
セラフィーナから少し遅れて、エルヴィーノの従魔であるノッテとジャン、それとセラフィーナの従魔のリベルタがオルフェオの立っている姿を見て喜びの声を上げる。
従魔たちのその声に反応するかのように、オルフェオも嬉しそうに声を上げた。
「みんな揃ったな。じゃあ、いただきます」
「いただきます」
「ホ~!」「ガウッ!」「ニャウ!」
「あう~!」
思わぬ嬉しい出来事があったが、みんなが揃って席に着く。
そして、エルヴィーノの掛け声に反応するように全員が挨拶をし、朝の食事を始めた。
「あ~、でも残念!」
「何がだ?」
食事の途中、セラフィーナが呟く。
隣に座らせたオルフェオに離乳食を与えながら、エルヴィーノはそれに反応する。
「オル君の立つところは私が最初に見たかったです」
一緒に暮らしているからこそ、オルフェオにとってエルヴィーノが特別なのだということが分かる。
そのこと自体に文句はない。
セラフィーナにとっても、エルヴィーノは特別な存在だからだ。
しかし、オルフェオのことは自分も面倒を見ているため、エルヴィーノに向ける気持ちの少しくらい自分にも向けてもらいたいという思いがあった。
そのため、初めて立つ姿を見ることができれば、そんな思いも払拭できる。
そう思っていただけに、やはり初めて立ったところもエルヴィーノが先だったことがちょっとだけ残念だった。
「……わからんでもないが、順番は別に良いだろ。別にオルはセラのことを嫌っているわけじゃないんだから」
「そうですね……」
この世界の赤ん坊は、いつ・どんな怪我や病に遭うか分からない。
そのため、面倒を見る人間はあまり気を抜けない。
そんな気持ちを、少しでも和らげるためにも、赤ん坊の成長がはっきりと分かるような場面に立ち会いたい。
その思いから、セラフィーナは先ほどの言葉を呟いたのだろう。
エルヴィーノも、赤ん坊だったセラフィーナを育てる時に同じような思いをしたことがあったため、その気持ちは分からなくはない。
しかし、赤ん坊がやることは予想ができないもののため、こればかりはしょうがないとしか言いようがない。
「そうだ! 今夜は祝いに美味いもの作るか?」
何にしても、今日はオルフェオが初めて立った記念日だ。
セラを元気にすることも含め、エルヴィーノは夕食を豪勢にすることを提案する。
「お肉ですか!?」
お祝いと言っても、離乳食にオルフェオが好きな果物系統を用意するくらいにしようかとエルヴィーノは思っていたが、セラフィーナも元気にさせようと考えると、やはり肉料理になってしまう。
思っていた通り、セラフィーナからは肉料理の催促が飛んできた。
「……まあ、それっきゃないだろ」
「やった!」
「…………」
大好きな肉料理が食べられる。
そう思うと、先程の落ち込んでいたような表情が消え去る。
あまりにも簡単に一変したため、エルヴィーノとしてはそんな深く考えていなかったのではないかと思えてしまう。
『まぁ、セラは笑顔でいる方が良いからな……』
大して落ち込んでいた様子でもないため、夕飯はオルフェオの分だけ豪勢にすることにしようかと思えてきた。
しかし、それでまたセラフィーナに暗い顔になられるのは困る。
そのため、エルヴィーノは先ほどの言葉を取り消すのを止めることにした。
「ホ~!」「ガウッ!」「ニャウ!」
「うっ!」
夕飯は豪勢。
それを聞いて、従魔たちも喜びの声を上げる。
分かっているのか、もしかしたらみんなの雰囲気に乗っかったのか分からないが、喜ぶみんなと同じように、オルフェオも嬉しそうに声を上げたのだった。




