第 73 話
「……おいおい、嘘だろ……」
カトゥッロは小さく呟く。
この現状が信じられないといった様子だ。
「馬車で5日かかる距離を1日ちょっとで移動するなんて……」
カトゥッロが先程の言葉を呟いた理由。
それは、目の前にはキタン川が流れているからだ。
川を越えた先には、自分たちの住んでいたカンリーン王国がある。
奴隷にされた時には、もう二度と戻れることはないと思っていた。
しかし、それがたった一人の救世主の出現によってもうすぐそこまでというところまでたどり着いたのだから、信じられないと思うのも仕方がないことだろう。
しかも、ベーニンヤ領の領都ジカアから馬車で5日かかった距離を、たった1日ちょっとでたどり着いたというのだからなおさらだ。
「あ~……、しんどい」
「あぁ、すまん……」
追っ手から逃れつつここまで来るのに、何の代償もなかった訳ではない。
100人近くを一気に移動させるために、影転移を使用したエルヴィーノだけが体調が悪そうにしている。
人数が多い上に長距離を移動させたせいで、魔力の9割近くを消費してしまったため、かなりの疲労が押し寄せてきているためだ。
キタン川に感動してしまい、最大の功労者であるエルヴィーノを無視してしまっていた。
そのため、カトゥッロは申し訳なさそうに頭を下げた。
「いや、気にしなくていい」
数日前まで、攫われて奴隷にされ、戦争の道具として使われて命を落とす可能性が高かった。
それが、故郷まですぐそこまでの所にこれたのだから、感動しない方がおかしいというものだ。
そのため、 エルヴィーノとしては別に謝ってもらう必要はない。
「よし! いくか……」
国境となるキタン川を越えてしまえば、ハンソー王国の人間が追って来れなくなるだろう。
魔力回復薬を一気に飲み干し、魔力が回復したエルヴィーノは、早速カンリーン王国へ向かうことにした。
「……フンッ!!」
少しの間魔力を練り、その魔力を使用したエルヴィーノは100人近くの人間を対岸へ転移させる。
「ハァ~……、ここまでくれば追っ手は大丈夫だろう。あとは各自で隷属魔法の解除をおこなってくれ」
「あぁ、分かった」
追っ手の手から逃げるのを優先したため、ベーニンヤ伯爵によってかけられた冒険者たちの隷属魔法はまだ解除されていない。
闇魔法の隷属魔法の解除には、対となる光魔法の使い手が必要だ。
光魔法の使い手は他の属性よりも少ないが、教会に1人は必ずいるので、そこで解除してもらえばいい。
全属性が使えるエルヴィーノなら彼らの隷属魔法を解除することはできるが、それにはかなりの魔力を消費することになる。
ここにいる全員の解除をおこなうとしたら、終わるまで何日かかるか分からない。
そのため、時間と労力を考え、エルヴィーノはそこまでしてやるつもりはない。
追っ手が来ないのだから、自分たちで教会へ行って解除しろと言ったところだ。
「その武器はやるから、金は自分たちでどうにかできるだろ?」
「あぁ、みんなある程度実力のある冒険者たちだからな」
教会に行けば隷属魔法を解除してもらえるだろうが、タダではない。
寄付という名の支払いをしなければならない。
その資金は、当然ながら自分たちで支払ってもらう。
カトゥッロの言うように、彼らはある程度実力の冒険者だ。
ここまで来る間に、エルヴィーノが作った武器を使えば、解除するための資金なんて依頼をいくつか達成すれば簡単に手に入れることができるだろう。
全部木で作った武器とはいっても、エルヴィーノの魔力で強化してあるので、簡単には壊れないはずだ。
カンリーン王国以外の冒険者もいるが、国に帰るための資金も自分たちでどうにかできるはず。
そのため、後のことは彼ら自身に任せることにした。
「もう帰りたいところだが、今日はもう遅い。今夜はツシャの町の近くで野宿して、明日からそれぞれ行動してもらうことにしよう」
「そうだな……」
ここから一番近くの町はツシャという名の町だ。
みんなその町の宿屋で体を休めたいところだろうが、カンリーン王国の端と言うこともあってそこまで大きくない町のため、100人全員が泊まれるほど宿の数はないだろう。
それなら、町の近くでみんなと野宿する方が問題は起きないはずだ。
「土魔法使い! 簡易の寝床を作ってくれ」
「「「「「了解!」」」」」
冒険者ならば野宿は慣れているだろう。
土魔法使いがいれば、簡易の寝床を作るくらいはすぐにできるはずだ。
100人もいれば、土魔法使いはまあまあの数いる。
エルヴィーノが指示を出すと、土魔法使いたちは返事と共に行動を開始した。
「その間に、料理ができる奴は手伝ってくれ。食材は俺が提供する」
「「「「「おぉっ!」」」」」
エルヴィーノには影収納がある。
その中には色々な食材や調味料が入っている。
影から食材を出したエルヴィーノは、料理が得意と言っても100人分を1人で作るのは骨が折れるため、調理の補助を求めた。
野宿だというのに大量の食材を見た冒険者たちは、驚きの声と共に喜色を浮かべた。
そして、その夜はみんなで作り上げた多くの料理を、みんなで楽しく食したのだった。




