第 72 話
「オッス!」
「あっ! どうも……」
ベーニンヤ伯爵への報復を済ませたエルヴィーノは、すぐに転移する。
転移した場所は、カトゥッロたちのいる場所から少し離れた森の中だ。
影の中に収納しておいたランプを取り出し、火を点け、それを手にゆっくりと森の中を進む。
そうして、ランプの明かりで姿を見せつつ近づき、エルヴィーノが声をかけることで、すんなりと自分のことカトゥッロに気付かせた。
エルヴィーノの到着に安堵したのか、カトゥッロは肩の力を抜いて返事をした。
「言っていた通り、まとめておいてくれたようだな?」
「あぁ、みんな逃げ出したいと思っていたようだから……」
カトゥッロのパーティー【月の光】のメンバーが中心となったのだろう。
他の冒険者たちは、冷静にこの状況に対応していた。
防具はそのままだが、戦争開始時まで取り上げられてしまったらしく、みな武器を所持していなかった。
もしも魔物が出た時、まともに戦えるのは魔法が得意な者だけだ。
そうならないように、近くに落ちていた木の枝を魔法で簡単に加工して武器代わりにしていた。
ベーニンヤ伯爵によって隷属魔法を掛けられ、戦争に利用されることが分かっていたため、みんな逃げるきっかけを求めていた。
そのチャンスが来たため、余計なことをしてこの機を逃すまいと、カトゥッロたちの指示に大人しく従っていたようだ。
「今日はひとまずここでこのまま夜明けを待つ。朝になったらまた影転移をして、軍から距離を取ろう」
「分かった」
奴隷化した冒険者たちがいなくなったのは、ベーニンヤ伯爵にはまだ気づかれていないはずだ。
気付いていたとしても、探すには夜明けを待たなければならない。
ここにいる冒険者たち同様、夜は夜行性の魔物による襲撃の危険性を孕んでいるからだ。
「しかし、これだけの人数だと、追っ手に追いつかれるんじゃ……」
ここがどこだか分からないが、ベーニンヤ伯爵軍のいるところからは少し離れた森の中だということは、転移させられる前にエルヴィーノから聞いている。
このまま朝になって、カンリーン王国に戻るために逃走を図るのには賛成だが、如何せん人数が多いため、嫌でも目立つ。
奴隷化した冒険者たちが逃げ出したと知ったベーニンヤ伯爵軍の追っ手に気付かれ、追いつかれてしまう可能性をカトゥッロは危惧した。
「大丈夫だ。もしもの時には、また転移を使うから」
たしかに、100人近い人数が一緒に移動している姿は目立つため、追っ手に気付かれる可能性は高い。
しかし、この集団には自分が付いている。
追っ手の接近に気付けば、自分がまた転移させてしまえばやり過ごせる。
カトゥッロの心配に、エルヴィーノは平然とした様子で返答した。
「そ、そうか……、それなら……」
これだけの人数が逃げ切れるのは、はっきり言ってエルヴィーノにかかっている。
そのエルヴィーノがあまりにも自信満々に返答したため、カトゥッロは心配している自分がバカバカしく思えてきた。
「魔物の相手は任せていいか? ちょっと魔力を使いすぎてな、明日のために回復しておきたい」
「あぁ、任せてくれ」
100人近くを転移させるのは、いくらエルヴィーノでも重労働だ。
そのうえ、ベーニンヤ伯爵を奴隷化するために、影の中に引き込んだり隷属魔法を使用したりとしたため、魔力をかなりの量消費した。
明日から100人を連れ、追っ手からハンソー王国から脱出しなければならないことを考えると、魔力を回復しておく必要がある。
そのため、エルヴィーノは魔力回復のために体を休めることにした。
夜の森の中では、魔物の襲撃に警戒するべきだが、そこはこれだけの冒険者がいれば何とかなる。
カトゥッロをはじめとした彼らに警戒を任せたエルヴィーノは、木の幹を背に腰かけて休息をとることにした。
ここにいるみんなが逃げ切るために、エルヴィーノには万全の状態でいてもらうことが重要だ。
そのため、エルヴィーノの申し出を、カトゥッロはすんなりと受け入れた。
「う~ん!」
夜明けの日差しを受け、眠りについていたエルヴィーノは目を覚まして伸びをする。
そして、すぐに体内の魔力の回復度合いを確認する。
『まあまあだな……』
魔力量を確認したエルヴィーノは、予想通りの回復に心の中で納得する。
これだけの魔力量なら、追っ手から逃れることもできるだろう。
「お疲れさん」
「あぁ、休めたか?」
「まあな」
目を覚ましたエルヴィーノが声をかけると、カトゥッロは返答した後に問いかける。
昨日の夜は、若干疲労の見えたエルヴィーノだったが、今の表情からはそれが窺えない。
確認の意味も込めた問いへの返答から、カトゥッロはエルヴィーノが充分休めたのだと判断した。
「んじゃ、行くか?」
「あぁ!」
いつ追っ手が来るのかは、エルヴィーノにも予想はできない。
日が出た今なら、すぐにでも行動を開始するべきだ。
そう考えたエルヴィーノは、出発を促す。
それを受けたカトゥッロは、短いながらも力強く返答した。




