第 70 話
「~~~っ!!」
「大きな声を出すなよ!」
「…………っ!!」“コクッ!”
驚きで今にも悲鳴を上げそうになるカトゥッロ。
それをさせないように、エルヴィーノは小声だが強い口調で指示を出す。
それを受けて慌てて口を抑えたカトゥッロは、声を出さずに済み、自分の影にいるエルヴィーノに頷きを返した。
「これからいくつか質問する。返事はせず、頷きか首を振って返答してくれ。分かったか?」
“コクッ!”
奴隷状態でも多少は許されているらしく、周囲はボソボソと会話をしている。
その音量に合わせるように、エルヴィーノはカトゥッロだけに聞こえる程度の小声端的に話しかける。
その最後の問いに対し、カトゥッロは頷きで返した。
「たしか……カトゥッロだったよな?」
“コクッ!”
「俺のことを覚えているか?」
“コクッ!”
「お前や周囲の者たちは、誘拐・奴隷化され、戦場に連れていかれている最中で合っているか?」
“コクッ!!”
一方的に質問していくエルヴィーノ。
その問いに、カトゥッロは言われたとおりに声を出さずに頷きで返答した。
「俺は転移魔法が使える。これから、奴隷にされている人間全員を離れた森に転移する」
「っっっ!?」
以前(第3話)、世話になったこともあり、エルヴィーノが闇魔法使いなのは分かっている。
そのため、影転移の魔法が使えても不思議ではないのだが、奴隷化された冒険者は100人近くいる。
その全員を転移させるなんて信じられない。
闇属性の魔法はどれも魔力を大量に消費する。
その中でも、影転移は人数が増えれば増えるほど、転移させる距離が遠くなればなるほど魔力を消費することになる。
自分たち【月の光】のメンバー4人の魔力を足して10倍にしても、100人近くを転移させるか微妙なところだ。
それなのに、100人近くの人数を転移させると平気な顔して言っているのだから、エルヴィーノはそれだけ魔力を保有しているということだ。
とても人間離れした魔力量に、カトゥッロは驚きでまたも声を出しそうになってしまった。
「だが、俺はやることがあるんで、その場所に行くのは少し遅れる。だから、俺が行くまでの間、お前が仲間と共に全員を統率していてくれ」
“コクッ!”
「日が変わった夜中に決行する。森に転移させるから魔物が出現するかもしれないが、ここにいるのはある程度実力の有る者たちだ。何とかできるだろ?」
“コクッ!”
命令できる者が側にいなければ、自分たちはほとんど自由だ。
かといって、状況も理解できず、知らない森で夜中に勝手な行動をとれば、いくら実力のある冒険者でも危険すぎる。
そのために、エルヴィーノはベーニンヤ伯爵への報復をおこなっている間の指示役をカトゥッロに任せることにした。
この状況から逃げられるなら、多少の危険など大して苦でもない。
そう考えたカトゥッロは、エルヴィーノの問いに勢いよく頷いた。
「行くぞ?」
「あぁっ!」
20人くらいずつ、5つのテントで睡眠をとるように言われた冒険者たち。
明日になれば、王位争いの戦場へと到着することになる。
そこで彼らはベーニンヤ伯爵の命令を受け、嫌でも命がけで戦わなくてはならなくなる。
その戦場で活躍してもらうため、奴隷化されているとはいっても、ある程度待遇は悪くない。
あくまでも、食事や寝床がちゃんとしているというくらいなものだが。
夜中になり、簡易のベッドで横になっていたカトゥッロに話しかけると、すぐさま答えが返ってきた。
「フンッ!!」
「「「「「っっっ!?」」」」」
エルヴィーノは、まずはカトゥッロのいるテントの者たちを転移させる。
まだ眠りについていなかった者や、突然の異変に反応した者たちもいるが、声を出す前に影の中に引きずり込む。
そして、村から少し離れた森へと転移させた。
「おぉっ! 本当にすげえな……」
影の中に入ったと思ったら、次の瞬間には森の中にいた。
夜の森にはどんな魔物が潜んでいるか分からないため、カトゥッロはすぐさま周囲を探知する。
「おいっ! どうなっているんだ?」
「俺が知るかよ!」
他の冒険者たちが騒ぎ出す。
寝たまま転移させられた者たちも、この状況ではさすがに起き、その騒ぎに加わっていく。
「みんな! 聞いてくれ!」
このままで収拾が付かない。
そう感じたカトゥッロは、騒ぐ冒険者たちを諫めるように声をかけた。
そして、自分たちはカンリーン王国の冒険者仲間によって救出され、奴隷兵された他の者たちも、後からここに転移してくることを伝えた。
カトゥッロのその言葉を聞いた冒険者たちは落ち着きを取り戻し、その言葉通りに後から転移してきた者たちと合流し、その場で夜が明けるまで皆で交代しつつ周囲の警戒をおこなうことにした。
「ふう~……、さすがにきついな……」
魔力を大量消費したことにより、疲労が一気に襲い掛かってくる。
20人程度を5回転移させたエルヴィーノは、汗を顔に搔いた汗を拭いつつ一息吐きつつ呟く。
分かっていたことだが、この数を転移させるとなるとかなりの魔力を消費した。
「さて、本命といくか……」
魔力を大量に消費したが、村のすぐ外からベーニンヤ伯爵が泊っている村長邸までの往復分の魔力は充分残っている。
少し休んで疲労が少し回復したエルヴィーノは、本来の目的を果たすために行動を開始することにした。




