第 21 話
「ガウッ!!」
「ぐっ!」
狼の魔物軒端が少年に襲い掛かる。
その攻撃を、少年は左手に持つ小楯を使用して何とか躱すことに成功した。
「ガーッ!!」
「このっ!」
狼が1頭ならば、攻撃後の隙をついてダメージを与えられるだろうが、3頭に囲まれている状況では攻撃をしている暇がない。
そのため、少年は次に後方から襲い掛かってくる狼の攻撃に対処する。
右手に持つ剣を振ると、狼は攻撃を中断して方向転換した。
「グルアッ!!」
「ぐおっ!?」
一番大きな体躯をしている3頭目の狼は、剣の振り終わりを狙っていたかのように突っ込んでくる。
そして、勢いそのままに頭突きをかましてきた。
それを小楯で防ごうと構えるが、勢いを止めることができず、少年は吹き飛ばされて地面を弾むように何度も体を打ち付けた。
「ぐ、ぐうぅ……」
吹き飛んだ少年を追いかけるように、3頭の狼が駆け寄ってくる。
このまま倒れていては、確実に殺される。
そう感じた少年は、全身の痛みに耐えながらも必死に立ち上がろうとする。
「ガアァーー!!」
「こ、こんなはずじゃ……」
何とか立ち上がったはいいが、剣と盾を構えるだけでもきつい。
とても3頭の狼相手に戦える状態ではない。
そんな少年に、一番早く近づいた狼が、止めを刺すべく牙をむいて襲い掛かってくる。
死が迫っていることを嫌でも受け入れなければならない状況に、少年は涙を流して悔しそうに呟いた。
「おっと!」
「ギャウッ!!」
狼の牙が少年に届く寸前に、突如人影が迫る。
その人物の手に持つ剣によって、狼の頭が貫かれた。
「っっっ!?」
突然の参戦者に、少年は目を見開く。
「ほれっ! これでも飲んでろ!」
「えっ? あ、はい!」
驚く少年に対し、その人物、エルヴィーノは回復ポーションの入った瓶を取り出して渡す。
頭が整理できていないが、少年は回復ポーションを受け取り、瓶の蓋を開ける。
「終わったぞ」
「え゛っ!?」
言われたとおりに回復ポーションを飲み終えると、エルヴィーノが戻ってきた。
その言葉通り、残っていた狼2頭も倒れている。
自分が全く手に負えないでいた狼たちを、まさか回復ポーションを飲んでいる間の僅かな時間で仕留めてしまったことに、少年は信じられないという思いで辺な声が出た。
「す、すごい……」
一刀のもとに斬り捨てられている狼を見て、少年はエルヴィーノの剣技がとてつもないことを感じ取り、思わず感嘆の声を漏らした。
「俺はエルヴィーノだ。少年は?」
エルヴィーノは、驚いて固まっている少年に対して名乗り、少年の名を問いかける。
「はっ! わ、私は新人冒険者でマディノッサ男爵家子息のフィオレンツォと申します。助けていただいた上に回復ポーションまで与えて下さり、心から感謝します!」
「お、おぉ……」
エルヴィーノの問いを受け、少年ことフィオレンツォは感謝の言葉を述べてきた。
そのあまりにも固い言葉と態度に、エルヴィーノは若干引いた。
「あう~!」
「っ!? 赤子!?」
突如現れたエルヴィーノによって命が救われた。
その喜びに浸り、視界が狭くなっていたのか、少年は今更になってオルフェオの存在に気づいた。
「あぁ、こいつは……」
「あぁ、エルヴィーノ殿のお子さんですね?」
「……いや、違う」
エルヴィーノがオルフェオのことを説明しようとすると、フィオレンツォが聞くだけ野暮だと思ったのか、遮るように問いかけてきた。
同じ黒髪黒目。
そのため、誰もがこういった反応をしてくる。
こうも毎回となると、セラフィーナではないが「その通り」と言いたくなってしまうが、そうするわけにもいかず、エルヴィーノは否定の言葉を返した。
「そうですか……」
エルヴィーノがオルフェオのことを説明すると、フィオレンツォは納得したように呟く。
まさか捨て子だと思わなかったため、オルフェオのことを不憫に思っているようだ。
「それにしても、たまたま俺が通りがかって運が良かったな」
「全くです。本当に感謝します」
町の近くに出たオルソ・グリージョの討伐という指名依頼を受けて、あっさりと解決したエルヴィーノは、帰宅途中に戦闘音が聞こえてきた。
探知をしてみたら、フィオレンツォがルーポと呼ばれる狼の魔物たちに囲まれていることに気付き、急いで駆け付けたという結果だ。
運よく自分が近くにいたから良かったものの、気付かなければフィオレンツォは今頃死んでいただろう。
フィオレンツォも同じ思いのため、もう一度エルヴィーノに感謝の言葉を述べた。
「しかも、貴族の子息だなんて」
こうは言うが、エルヴィーノは一目見て気付いていた。
何故なら、フィオレンツォの武器や防具が、新人冒険者にしては良いものを着けているからだ。
貴族の子息にはよくあることだ。
「男爵家子息と言っても四男ですけど……」
「良いご両親だ」
貴族の中でも男爵家は下級貴族。
長男はともかく、次男以下は成人すると婿になる以外に爵位を名乗れない。
そのため、どこかの貴族の騎士になるか、冒険者になって名を上げるしかない。
貴族と言っても男爵家程度だと潤沢な資金を有している家は少ないため、四男以下になると装備品に大金をかけるようなことはしないのが普通だ。
それなのにもかかわらず、フィオレンツォの装備は新人冒険者では手が出せないような代物だ。
マディノッサ男爵夫妻は、フィオレンツォを少しでも安全にと思って用意したことがうかがえるため、エルヴィーノは思ったことを呟いた。
「さて、こいつらも持って帰るか」
「っ!? 影収納!?」
折角刈ったのだから持って帰ろうと、エルヴィーノは狼の死体たちを影の中に収納する。
それを見て、フィオレンツォは驚きの声を上げる。
闇魔法は、魔力消費が激しいため人気がない。
それを平気で使用しているエルヴィーノは、相当な魔力量の持ち主だということだ。
そのことが分かり、フィオレンツォは尊敬のまなざしをエルヴィーノに向けた。
「ところで、この近くはルーポの縄張りになっていることを知らなかったのか? 新人のお前が1人で手を出していいところではないぞ。どうしてこんな無茶をしたんだ?」
この辺がルーポの縄張りだということは、冒険者の間では知られていることだ。
新人ならば知らないで手を出してしまうなんてこともあり得るが、さすがに1人で来るのは無謀すぎる。
そのことが気になったエルヴィーノは、フィオレンツォに問いかけた。
「……私が来たくて来たのではありません」
「……何?」
エルヴィーノに問いかけられたフィオレンツォは、言いにくそうに間を開けた後、少しうつむきながら返答した。
その返答の意味が分からず、エルヴィーノ首をかしげる。
「私はパーティーを組んだ者たちに裏切られたのです」
「……なるほど」
続いてフィオレンツォから発せられた言葉に少し驚きつつも状況が飲めたため、エルヴィーノは納得の言葉を呟いた。




