第 103 話
「まずいな……」
イーノ平原の南にあるジョーセイ山から、魔力による視力の身体強化をして戦場を眺めるエルヴィーノ。
彼が帝国内に侵入してここまで来たのは、ただ戦争を眺めに来たわけではない。
ウルンパ領軍内にいる、第一皇子の右腕である【黒蛇】と呼ばれる組織の壊滅だ。
開戦したら、機を見て第二皇子派のユーオー領軍の中に紛れ込み、【黒蛇】と思われる連中を始末するつもりでいた。
しかし、開戦早々ユーオー軍が押し込まれていた。
どうやら、内輪揉めのようなことが起きているようだ。
「……もしかして、紛れてるのか?」
戦場で内輪揉めのようなことが起こるなんてありえない。
それが起こるとしたら、何者かが内部で動き、誘導しているとしか考えられない。
「……となると、奴らか……」
裏で動いている者たち。
エルヴィーノには、そういった者たちに心当たりがある。
標的である【黒蛇】の連中だ。
「……だとすると、急いだ方が良いな」
もう少し様子を見てからユーオー側に紛れ込み、ウルンパ側にいる【黒蛇】の者たちを仕留めに向かうつもりでいたが、このままでは一気に勝敗が決してしまう。
いくらエルヴィーノの戦闘力が高いと言っても、一人で敗戦濃厚の状態からひっくり返すことは難しい。
そうならないためにも、機を窺っている場合ではないと判断したエルヴィーノは、ユーオー軍への潜入を開始することにした。
「くっ!! どうなっているんだ!?」
開戦前から兵数で劣っていることは理解していた。
だからと言って、兵たちの実力で劣っているつもりはないため、勝敗は五分だと判断していた。
しかし、開戦した早々に押し込まれているという理解しがたい状況に、大将であるジェンナーロ・ユーオーは戸惑っていた。
「どうやら、間者が紛れ込んでいたようです」
古くからユーオー家に仕えるジェンナーロの副官、ランフランコが返答する。
軍の一部で味方同士で争うような状況が起こり、それによって敵に勢いをつけることになってしまった。
彼自身もそうなため、ジェンナーロが戸惑うのも仕方がないことだ。
「その間者は仕留めたのか!?」
「……いいえ、混乱に乗じて姿をくらましたらしく、まだ見つかっておりません」
仲間内で揉めた理由。
それは、魔法攻撃が味方に当たったという、いわゆるフレンドリーファイアによるものだった。
一度だけなら百歩譲ってミスで済ませることができたとしても、二度、三度と続けば、いくらなんでもあり得ない。
揉めたとしても仕方がないことだろう。
しかも、そのフレンドリーファイアをおこなった、間者と思われる魔法兵が姿を消した。
内輪揉めを治めることはできたが、その間者が見つかっていないことが問題だ。
軍内部で、また何かを起こそうと仕掛けてくる可能性があるからだ。
「ジェンナーロ様!!」
「どうした!?」
ジェンナーロとランフランコが、話し合っているところで、兵が慌てたように駆け寄って来た。
戸惑っている心境から思わず声を荒げてつつ、ジェンナーロはその兵に問いかけた。
「内輪揉めを引き起こしたと思われる間者を捕えました!!」
「何っ!?」
「本当か!?」
仕組まれた内輪揉めによって不利な状況になってしまっているというのに、このまま間者を放っておいたら、いつまた内部で問題が起こるか分からない。
そうならないためにも、すぐにでも間者を始末、もしくは捕縛したいところだった。
その間者を捕まえたというのだから、ジェンナーロとランフランコは、その兵の報告に笑みを浮かべつつ声を上げた。
「はいっ! こいつです!」
「おぉっ!!」
「よくやった!!」
ジェンナーロとランフランコの問いを受け、その兵は魔法兵の姿をした男を引きずってきた。
動かないところを見ると、どうやらその魔法兵は気を失っているようだ。
内輪揉めを起こしたのは魔法兵だという情報だ。
その情報通りの姿に、ジェンナーロとランフランコは安堵の笑みを浮かべた。
“パチッ!!”
ジェンナーロとランフランコが、気を失っている間者の顔をよく見ようと近付こうとする。
すると、間者の目が勢いよく開かれた。
“バッ!!”
「「っっっ!!」」
目を開くと勢いよく立ち上がる間者。
そして、その間者を引きずってきた兵と共に、ジェンナーロとランフランコに向かって襲い掛かってきた。
二人の手には、いつの間にか短剣が握られている。
それを見て、ジェンナーロとランフランコは驚きから反応が遅れた。
「フンッ!!」
「「がっ!?」」
間者と兵の短剣が、ジェンナーロとランフランコの胸に突き刺さる寸でのところで魔力の球が飛来する。
その魔力球が間者と兵に当たり、ジェンナーロとランフランコの命は事なきを得た。
「お前らが間者だろ?」
「チッ!」
「くそっ!」
ジェンナーロとランフランコの命を救った男。
それは、ユーオー軍の兵装をしたエルヴィーノだ。
エルヴィーノが言ったように、この二人が間者だ。
最大の好機を逸し、二人の患者は表情を歪めたのだった。




